なぜ今、日本企業はインドなのか ― 第3次インドブームと日印経済連携の最前線 ―

2026年7月1~3日、高市首相がインドを訪問し、7月2日には日印首脳会談および日印経済フォーラムが開催されました。

開催の約1週間前には、当初予定されていたグワハティ(アッサム州)からデリーへの急な訪問地変更があり、関係者の方々は慌ただしい対応に追われましたが、最終的には、今後の日印協力に関する多くの方針や具体的な案件が発表されました。

本稿では、先日発売した『超スケール経済インド: 次世代超大国のビジネス地図』から、インド経済・ビジネスを理解するうえでの基礎的なエッセンスを紹介したうえで、日印首脳会談と日印経済フォーラムで発表された主な内容を整理し、両国が目指す経済安全保障と今後のビジネス領域について考察します。


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握手をする高市総理大臣とモディ・インド首相

(外務省HP掲載、内閣広報室より)

1. 成長するインド、日本企業にとっての第3次ブーム到来

近年、インド市場への注目が集まっています。スズキをはじめとする日系企業がインドに進出した1980年代から2000年代初頭までの第1次ブーム、BRICSやBOPブームを背景に2000年代後半から進出が広がった第2次ブーム。どちらの時期にも、いくつかの日系企業は成功を収めましたが、内需の大きなインドとはいえ、中間層は未成熟で、日本企業の強みを十分に生かすことができませんでした。

一方、JETROの調査では、2024年時点で7割以上の日系企業がインドで黒字化を達成しており、日本企業にとっても「攻略可能な国」となりつつあります。そのような中、近年は日系企業のインド熱が再燃し、「第3次ブーム」が到来しているように感じます。

その背景は、大きく3つあると考えています。

1つ目は、豊富な人口と若年層の多さです。インドは2023年に人口世界1位となり、現在の人口はおよそ15億人です。平均年齢は約28歳で、労働人口が多いのも特徴です。そして、中国や日本と異なり、当面人口が減少しないことも大きな特徴の1つです。

2つ目は、中間層の台頭です。私がインド(コルカタ)にプロジェクト駐在していた2008年頃は、世帯収入が年間5,000ドル以下の世帯が中心で、BOPブームに象徴されたように、まさに「ピラミッド型」の世帯収入構成でした。それが2024年にはピラミッド型が崩れ始め、2030年には上位中間層が約9,400万世帯、富裕層も含めると約1億2,800万世帯になると予測されています。人口ではなく、世帯数です。日本の平均世帯年収に近い所得水準の世帯が、日本の総人口と同程度の規模まで生まれると言われています。

3つ目は、政府・企業・人の変化が起きていることです。インドはこれまで内需とITで成長した国ですが、10年ほど前から政府主導で製造業に力を入れています(Make in India)。当初はなかなか成果が出ていませんでしたが、米中デカップリングや地政学的なリスク分散の観点からサプライチェーンの強靱化が必須命題となり、日本企業にとっても「インドで作る意義」が生まれ、日印の強力な関係が構築されつつあります。

インド現地企業でも、自動車、携帯電話、医薬品に加え、半導体やデータセンターといった最先端分野、基礎化学品やエネルギーなどの社会インフラに関わる分野、そして素材や部品産業など、多くの領域で現地生産が進み、日本企業が得意とする高い品質を求める企業が増えつつあります。

そして、最後に人です。企業の成長に不可欠な経営人材が、IITをはじめとする国内トップ大学や欧米の有力校で学び、スタートアップを起こしたり、家業を継いだりするケースも増えてきました。グローバルなビジネスの進め方を知る人材が経営を担い、同じインド人でも国内市場の難しさに苦労しながらも、国内外企業と協業する事例が増えつつあります。

さらに、インドからの海外渡航者数は年間3,000万人を超え、日本を訪れるインド人も30万人を超えました。2030年までに100万人を超えるとも言われています。すなわち、異文化を自ら体験し、受け入れられる消費者が増えてきているのです。かつて海外文化に保守的だったインドの消費者たちが、K-POPを聴き、洋装でファッションを楽しみ、中華料理、タイ料理、韓国料理そしてとうとう日本料理にも興味を持ち始めています。これは20年前には考えられなかったことでした。

このような大きな変化が、日本企業によるインド進出の第3次ブームの理由であり、そしてインド市場に進出すべきだと私が考えている理由となります。



2.日印首脳会談と日印経済フォーラムの成果

今回の日印首脳会談では、経済安全保障に関する協力、5つの優先分野(半導体、重要鉱物、情報通信技術、クリーンエネルギー、医薬品)における協力、そして重要新興技術(AI、データセンター、量子技術、宇宙科学、スーパーコンピューティング、先端材料研究及び海底ケーブル)における協力が、日印共同宣言や各種覚書として発表されました。また、その内容に沿う形で、民間企業、教育機関、団体等の間で計129件の日印間のMOUが発表されました。

従来からインドが重点を置く半導体、AI、データセンター、エネルギーといった分野での協力が、より明確なものとなりました。中でもエネルギーに関しては、具体的な発表がいくつか出されています。

例えば、グリーンアンモニアに関しては、大きな発表がありました。インド企業ACMEグループとIHIが、オディシャ州ゴパルプルで年間約40万トンのグリーンアンモニアを生産し、そのうち年間約22.8万トンを日本に供給するというモデルです。グリーンアンモニアは通常のグレーアンモニアと比較して、およそ2~3倍程度の価格と言われますがと既存燃料との価格差は、日本政府が2030年から1525年間にわたってその差額の一部を助成金として支援します。その間に生産量を増やし、経済合理性のある事業として確立するというメッセージだと考えられます。また、中央政府だけでなく、州政府との産業連携が加速していることを象徴する案件とも言えます。

なお、インドではアダニグループが、グジャラート州カッチ県の砂漠・塩湖地帯に、東京23区の9割弱に相当する面積の太陽光発電・風力発電設備を建設しています。完成時の設備容量は30GWで、原子力発電所約30基分に相当します。アダニグループは発電所の建設と並行して、太陽光モジュール、セル、ウエハーなどの製造能力を国内で拡充しており、中国依存度の高い太陽光発電設備のサプライチェーンをインド国内に構築するという大きな狙いもあります。

また、バイオガスに関する発表も話題を呼びました。2030年までに最大1,000カ所のバイオガスプラントを整備し、同時に約250万台のCNG(圧縮天然ガス)車向け燃料市場を日印で共同育成するという内容です。バイオガスプラントの主な原料は牛ふんや稲わらで、インド側で原料供給の中心的な役割を担うのが、約360万の加盟農家を持つインド最大の酪農協同組合AMULです。インドではSATAT(Sustainable Alternative Towards Affordable Transportation)政策により、石油会社が圧縮バイオガス(CBG)を長期購入する仕組みがあり、出口も確保された政策です。就業人口の4割以上が農業に関わるインドにおいて、農家所得の向上にもつながる重要な政策と言えます。



3.インドの地政学的な重要性

米国とイランの対立による中東危機によって、ホルムズ海峡というチョークポイントの重要性と、原油調達先の多角化の必要性が改めて浮き彫りになりました。インドは、中東から東アジアへとつながる重要なシーレーンであるインド洋に面し、さらにマラッカ海峡への東西の航路を監視する要所となるアンダマン・ニコバル諸島を連邦直轄領として保有しています。米国や日本から見ても、重要な役割を担う国となります。

そのような中、中東の石油と同様に、基礎化学品や医薬品原料を1つの国に頼ることも大きなリスクになると言われています。例えば、中国からの輸入に依存するペニシリン系抗生物質の原料や、黒鉛など一部の炭素材は、単価自体はそれほど高くない一方で、医薬品、樹脂、繊維、自動車、電子部品など、幅広い産業のサプライチェーンを支える不可欠な素材・中間財です。

平時には、中国から安価に輸入することが最も経済合理的であるものの、有事や外交関係の悪化によって中国からの輸出が止まれば、日本国内のさまざまな産業が生産を継続できなくなる可能性があります。

つまり、中国は、価格競争力と大規模な生産能力によって、太陽光パネルやポリシリコンだけでなく、コモディティ化した基礎化学品や素材・中間財の一部でも世界市場における圧倒的なシェアを獲得しています。他国のメーカーが価格競争に耐えられず生産から撤退することで、結果的に中国が供給上のチョークポイントを握る構図となっています。

日本としては、こうした基礎化学品をすべて国内生産に戻すことが理想ではあるものの、製造コストや市場規模を考えると現実的ではありません。そのため、セカンドベストの選択肢として、インドに生産能力を構築・維持することが重要となっています。この場合、必ずしも日本向け輸出だけを目的に工場を建設するのではなく、まずインド国内の需要を取り込むことで生産規模を確保し、そのうえで日本や第三国にも供給できる体制を整えることが重要と考えられます。

今回の日印共同宣言では、半導体や重要鉱物のような先端・高付加価値分野だけでなく、医薬品分野においても、原薬(API)および主要出発原料(KSM)の代替サプライチェーンを構築する方針が明記されました。価格が安く、コモディティ化した結果、日本国内から生産が失われた基礎化学品についても、中国以外の供給網をインドと共同で構築するという考え方は、今後の日印経済協力における重要なテーマの1つになると考えられます。



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文章:AAICパートナー、AAICインド・アジア地域統括責任者 難波 昇平






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