昨年の11月の記事で取り上げたナイジェリアでオンラインの医療保険サービスを展開するReliance Health(リライアンス・ヘルス)が今月、アフリカのヘルステックで最大規模の40百万米ドルの資金調達をシリーズBで行いました。リード投資家は米国の老舗のVenture CapitalであるGeneral Atlanticで、同社にとって初めてアフリカのスタートアップへの投資案件ということでも話題となりました。
アフリカのスタートアップ投資は引き続きフィンテックの分野に多くの投資が集まっていますが、デジタルヘルスを実装し社会に大きな変化をもたらすヘルステックについても、新型コロナを経てさらに大きな注目が集まっています。本稿では、アフリカのヘルステックを見ていくうえで1つのトレンドとなるナイジェリアを事例として、改めてアフリカ諸国の抱えるヘルスケアセクターの課題を概観した後、注目のデジタルヘルス分野のスタートアップを紹介します。
未だに多くの人々にとって病院に行くことは大きなハードルとなっている
依然、多くのアフリカ諸国が質の高い基本的な医療サービスへのアクセスに困難を抱えています。その一つの要因として、医師不足や医療施設不足と言った医療環境上の問題が挙げられます。ナイジェリアの場合、2018年の人口1万人当たりの医師数は3.81人となっています。この数値は、WHOが推奨する10人と比べても、極めて低いことと言えるでしょう。そして、全体の医療機関数は約4万(うちプライマリケアを提供する施設が約3.5万)となっており、人口1万人あたりの医療機関数は2.1件程度です。また、州によっても大きなばらつきがあります。ちなみに、同年の日本の人口1万人当たりの医師数は数値は24.8人であり、厚生労働省によると活動中の医療施設数は約18万施設あるとされています。ナイジェリアが人口2億人強を抱えていることを考えると、これらの数値は医療環境の不足を物語っています。
加えて、金銭的なアクセスも大きな課題です。民間及び公的な医療保険の加入者も全国民の5%程度に留まっており、ナイジェリアの医療費の自己負担率は77%(2017年)とサブサハラ平均の2倍となっています。ここからも、医療サービスへのアクセスが非常に困難であることがうかがえます。
伝染病や母子、栄養失調と言った要因による死亡率はここ30年ほどで大きく減少したという大きな成果もある一方、医療サービスへのアクセスには依然課題があると言えます。
薬局がプライマリケアを担うことでアフリカの医療へのアクセスを大きく変えられる?
こうした背景もあって、多くのナイジェリア人は、少し体調が悪いといった場合、病院の代わりに、まず最寄りの薬局へ行くことが多いようです。事実、ナイジェリア国内の薬局は、前述の病院数の5倍、20万件以上あり、市民の健康に重要な機能を果たしています。そのうちの9割超が、PPMV(Patent and Proprietary Medicine Vendors)として括られる、キオスクのような販売形態を取って、医薬品を販売しているとされます。まず薬局で症状を説明し適当な薬を処方してもらうという、日本でのいわゆる「町医者」のようなプライマリケアの役割を果たしていると言えます。
これを逆手に取り、薬局を有効活用していけば、上述の医療アクセスの問題を一部改善できる可能性があります。しかし、その薬局(特にPPMV)の多くが限られたリソースで運営されており、多くの経営課題を抱えています。そのような中、複数のヘルステック企業が薬局にできることを増やす(エンパワーメント)ことで、医療へのアクセスを改善しようと事業を展開しています。
薬局をエンパワーするナイジェリアのスタートアップ
以下では、AAICの投資先でもあるDrugstocを含め、具体例として3社を紹介したいと思います。
1. Drugstoc:薬局向けEコマース(EC)、24時間以内配送を実現し、薬局の効率的な在庫管理を実現
Drugstocは医療機関(病院・クリニック)や薬局と卸をつなぐEコマースを開発、運営し、医薬品のサプライチェーン改革に取り組んでいます。現在7,000種類(SKU)以上の薬や医療消耗品を取り扱っており、3,000以上の顧客にサービスを提供しています。
昨年11月、弊社が運営するアフリカヘルスケアファンドがリードしたシリーズAラウンドにおいて、440万米ドル(約5億円)の資金調達を行いました。このラウンドには、シカゴを拠点とするVCのVested Worldやドイツ復興金融公庫の民間部門投資も参加しました。
2. Lifestores Healthcare:薬局向け在庫管理・調達システム、融資サービスを提供する
Lifestoresは質の高いプライマリーヘルスケアへのアクセスを提供することを目指して、薬局向けに在庫管理システム及び商品調達プラットフォーム、薬局への融資サービスを提供しています。彼らのウェブサイトによると、現在100以上の薬局にサービスを提供しています。同社の特徴として、ナイジェリアのラゴス市内で自前の薬局チェーンを展開していることも挙げられます。
2020年2月に実施したシードラウンドでは、100万米ドル(約1.15億円)調達し、このラウンドには日本のベンチャーキャピタル、Kepple Africa Venturesも参加しました。
3. WellaHealth:薬局のネットワークを活用し1ドルマラリア保険を開発
WellaHealthは月約1米ドル(約115円)の「マラリア保険」を、個人及び法人に対して提供しています。現在、国内1,000を超える薬局と提携しており、保険加入者が発症した際、提携薬局でマラリアのテストと薬を提供するマイクロ保険を販売しています。提携の薬局から見ると、同社と提携することで医薬品販売のための新たな機会を得ることができるというインセンティブがあります。同社は2019年、Googleが提供するGoogleLaunchpad Acceleratorや米トップアクセラレーターTechstarsにも選出されました。
以上3社のようにデジタルソリューションをベースとして薬局の経営課題を解決し、単なる薬の販売だけでなく、IoTのデバイスを用いた簡易検査、遠隔診断などより低価格で効率的なサービスラインを増やし、薬局のプライマリケアとしての役割が強くなることで、アフリカの医療サービスへのアクセスが大きく改善される可能性を秘めています。
文章:AAICナイジェリア法人代表 一宮