本当に公正な選挙だったのか?新政権で汚職は改善されるのか?
8月9日にケニアで総選挙(大統領、下院議員、下院の女性代表議員、上院議員、郡知事、郡議会議員の6つの選挙)が行われ、15日、ウィリアム・ルト副大統領(55)が得票率50.49%、1.64ポイントの僅差で勝利(対立候補のライラ・オディンガ元首相(77)は48.85%)。オディンガは8月22日に選挙の不正を最高裁判所に訴えました。しかしながら、9月5日最高裁判所はオディンガによる訴えを棄却、ルトの勝利が確定しました。
結果を受け、オディンガが自身のツイッターで ”we respect the opinion of the court although we vehemently disagree with their decision today.”と発表しています。「最高裁判所の意見は尊敬する」と結果を受け入れた上で、「今日の判決には強く反対する」と極めて強い抗議もしています。レターでも裁判官に対しての不信感を募らせています。そして、最後は”We will be communicating in the near future on our plans to continue our struggle for transparency, accountability and democracy”と「透明性」「説明責任」「民主主義」といったワードで締めくくられています。
We have always stood for the the rule of law and the constitution.
In this regard, we respect the opinion of the court although we vehemently disagree with their decision today. pic.twitter.com/WfOQrtsnpe
— Raila Odinga (@RailaOdinga) September 5, 2022
前回、2017年の大統領選は再選挙になりましたが、世界的にみても極めて異例な話でした。また、今回はオディンガもあくまで集計に不正があったとしていたので、再集計(紙の票を数える)はあるのではと考えていましたが、全会一致での棄却。オディンガの反応が気になるところでしたが、前述の通り異議はあるものの、裁判所の判決を受け入れてはいます。
従いまして、現状では大きなデモや暴動に発展することはなさそうです。構えていた人達にとっては少し肩透かしな結果かもしれませんが、従来のやり方では変えられない、またこれ以上市民も付いて来れないという判断もあったのかと思います。
以下、過去からの大統領選の流れ、オディンガとルト(新政権)、について触れながら、今回の選挙をまとめてみます。
どういう不正があったと言われていたのか?
最初に、今回の訴訟について簡単に触れておきます。
ケニアの独立選挙及び選挙区管理委員会(IEBC)のジュリアナ・チェレラ副委員長は、8月15日の選挙の結果発表前に、「これから発表される結果の責任を負うことができない」と述べており、同IEBCの委員7人のうち4人がこの結果を「不透明」だとして承認しませんでした。
ケニアはアフリカでは数少ない電子投票を導入しており、生体認証(指紋)、それからブロックチェーンの技術も導入したとのことで話題にもなりました。また、今回は日本でも目にするようなライブでの投票数開示を目にされた方もいたと思いますが、透明性の観点から各投票所からIEBCのサーバーにデータを送る際、メディアにも同時転送されました。
これで何故不正の話が出てくるのか不思議ですが、結局は選挙人は生体認証したあと用紙に手で記入、それを選挙センターのスタッフが集計しサーバーに転送、最後にIEBCで各投票所の結果を集計しているので、ところどころで介入の余地があります。
IEBCサーバーのハッキング、データが何度もアップロードされたり消去されていた、ユニークであるはずのIDで異なる投票所からデータが送られた、など様々な証拠がオディンガ陣営から提出されました。より詳細は、オディンガが裁判所に提出した申し立てが公開されています。
対立候補オディンガの25年に亘る挑戦
KIGGWA LEERO! Ruto vs Odinga, obunkenke e Kenya, bannansi balinze nsalawo ya kkooti https://t.co/BrRxgfmX0X
— ugnews24 (@ugnews24) September 5, 2022
対立候補のオディンガは77歳、5年に1度の大統領選でなんと5回目の立候補でした。彼の初選挙は1997年。以下に彼の過去の選挙結果を並べてみました。
図表1:オディンガの過去の選挙結果
1997年を除き、全て10ポイント以下の差。特に2007年(暴動やその鎮圧によって正式記録だけで1,000人以上の死者を出した)、2022年は僅差。また、2013年も勝者(ウフル・ケニヤッタ)の得票率がぎりぎり50%超え、と“絶妙”な数字が並びます。
過去不正があったかどうかは、再選挙となった2017年を除き何とも言えませんが、オディンガ本人はもちろん、彼をサポートしている人達の憤りや落胆は想像に難くありません。因みに、今回の選挙も事前のアンケートなどではオディンガ優勢を伝える報道が多かったです。
2022年の選挙で特徴的だったことは投票率の低さです。2000年以降上昇傾向にありましたが、今回は過去15年で最低の65.0%。若者の投票率の低さが一因として挙げられていますが、それはケニアに限った話ではありません。
それよりも、民主主義が機能していないという閉塞感、生活(経済)が改善されないことに対する不満、また選挙のずっと前からメディアは政治家の話(政策よりもゴシップに近い)ばかりですので、国民の飽きもあったと思います。この状況では、オディンガもこれ以上の抵抗は難しいと感じたのではないでしょうか。
因みに、オディンガの父はケニアの独立に貢献し、最初の副大統領でした。しかしながら、彼もオディンガと同様、大統領になることはできませんでした。
図表2:ケニアの大統領選の投票率推移(1997~2022年)
ウィリアム・ルト副大統領、彼が大統領になれば汚職は減るのか?
ルトはウフル・ケニヤッタ政権の副大統領として、10年間政権を支えてきました。民族はケニアで3番目に多いカレンジン族。因みに、オディンガは4番目に多いルオ族。今回はケニアの独立後、初めて1番人口の多いキクユ族から大統領候補が出なかったこともあり、ルトもオディンガも、副大統領候補としてキクユ族を擁立しました。
ルトはケニア西部のリフトバレー州で生まれ育ち、道路脇でニワトリを売っていたことがエピソードにあります。そこから大統領選に出馬するまでになったので、相当なサクセスストーリーですね。親の基盤があったウフル・ケニヤッタやオディンガとは対照的です。また、彼は信仰の厚いことでも知られています。
ケニアの政府系で最高峰のナイロビ大学に入学した後、積極的に教会の活動に参加しリーダーシップを発揮していました。そこで、当時のモイ大統領の目に留まり、政界に入っていきます。
彼のストーリーだけで記事が終わってしまうので割愛しますが、彼が何故ここまでになれたのかということを考えたいです。もちろん、地頭の良さや政治家としての才覚は言うまででもないですが、汚職が取り沙汰されるケニアでどうやって生き抜いてきたのか。
ケニア最大手の乳加工会社であるBrookside Dairyは現大統領のケニヤッタファミリーが50%を保有(ダノンが40%)していることで知られていますが、政治家が直接・間接的にビジネスに関わっていることは少なくありません。ルトも例外ではなく、現在は事業を複数所有しています。
例えば、近年土地の取得で問題になっていたナイロビのWeston Hotelは彼の所有です。ひと昔前の中国などでもよく聞きましたが、これから開発される場所の情報を得て土地を安く取得、値段が上がった後で売却。エマージング・マーケットで財を築く人の典型は土地の売買。その他、ナイロビの電柱の建て替えの権利を持っているのは、、など、事実確認がし切れないものも多いですが、ケニア人と話すといろいろ出てきます。いずれにせよ、大統領選に出るだけの十分な財力を築いてきたのは間違いないです。
大統領選に限った話ではないですが、集会に行くと時々お金が配られます(数百円程度のお札)。なので、人が集まる。今回の選挙期間中も、お店に人が来て「XXに投票してくださいね」と数百円おいていくという話もありました。これは、どちらの陣営かに限らず。。また、前述の通りルトは信仰が厚いと書きましたが、私の友人が所属している教会にルトから1,000万円程度の寄付があった話も聞きました。
ケニアでは教会はコミュニティーの基盤ですので、選挙においてもかなりの影響力を持ちます。もちろん寄付なので問題ないのですが、同教会の中でも議論があったようです。受け取ってしまえば彼が大統領になった後、何かあっても非難できない、但し運営にはお金が必要。こういった意味で、ケニアの汚職というのは政治家に限った話ではなく、一般市民も巻き込まれているので相当根深いです。ある日突然、政策で一掃できる話ではありません。
低・中所得者層に焦点を当てたウィリアム・ルトの政策
ルトが選挙期間中に”The PLAN The Bottom Up Economic Transformation Agenda 2022 – 2027”として、マニフェストを発表しています。主なエリアは7つで、agriculture, micro, small and medium enterprises (MSMEs), housing and settlement, healthcare, digital superhighway, creative economy, service economy and climate change。また、就任後100日以内に生活費を下げることも発表しています。毎年25万戸の低廉な住宅を供給する(現状は5万戸)、NHIF(国民保険)の整備など、現政権の流れを引き継いだ点もあります。
予算が潤沢にあるわけではないので優先順位の問題が残るものの、政策的には実現できればいいと思うものが並びます。但し、問題は実行。どんなに素晴らしい政策を立案し、予算を割り振っても、必要なところにお金が回らなければ意味がありません。これまで、お金がどこかで止まってしまう、また動かしている間にみるみる減っていくということが発生しており、ケニアおよびアフリカ各国が想定していたほど発展しませんでした(ただ、間違いなく発展はしている)。
ルト自身が今の地位に至るまでにやってきた過程があり、急にそれを変えることは難しいでしょう。無理に修正すれば、基盤を揺るがしかねません。
因みに、対中国について少し触れますが、選挙中に不法滞在をしている中国人を国外退去させるという発表をしています。これは「中国からの借金およびその金利の支払いが生活費を上げている要因であり、その中国に対して強い対応をする」と一見理にかなっているように感じますが、中国人で滞在している人の多くは工事の現場監督や大手企業の管理職、貿易を行っており、どちらかというとケニアの雇用を増やしたり、生活の改善に貢献したりしていますし、中国人を国外退去させても借金は減りません。
一方で、現在ザンビアなどが検討している中国からの借入のリストラは検討しないとも明言しており、少なくとも関係を後退させる方向ではないでしょう。このあたりは興味がある方もいると思いますので、また機会があれば。
治安は大丈夫?
最後に治安状況ですが、選挙期間中から最高裁判所の判決が出た9月5日現在まで、ナイロビ生活は極めて平穏です(ナイロビと地方、特に各候補の支持基盤のあるエリアでは状況が異なります)。もちろん、最高裁判所の発表当日は緊張感もあり、道路の規制などもありましたが、出社もしていますし、週末にスーパーにも行きます。政府機関は一時的に面談を控えるところも出ていましたが、これから動き出すでしょう。この後も注視は必要ですが、大統領選を理由に出張を控える必要はないのかなと思います。
各副大統領候補、政策、過去からの経緯など、やはり書ききれませんでしたがここまでとさせて頂きます。文章にはし難く、ネガティブなことも記載しましたが、今回の選挙結果で大きく事業方針を変える日系企業はないと思います。そういった意味で、このアフリカ大陸で政治に左右され過ぎずに事業ができるいい国です。インフレ問題もエジプトや南アの方の話を聞いてると、ケニアはまだましだなと感じます。
ケニアはアフリカの他国と同様、物価高、(若者の)失業、膨れ上がる国の負債といった課題に直面しています。新政権がどう対応していくか、注目です。
筆者: 石田 宏樹(AAIC ケニアオフィス代表)
Twitter: https://twitter.com/jokojapan
◼︎最新ビジネス情報をご希望の方はAAICメールマガジンにご登録ください。
また、弊社レポート内容について解説させて頂くウェビナーを定期開催しています。詳しくはニュースリリースをご確認ください。
◼︎AAIC運営のアフリカビジネス情報メディア「ANZA]
スワヒリ語で「始める」を意味する「ANZA」では、アフリカビジネスに関する様々な情報を発信しています。
公式Facebookページ、Twitterで最新情報配信中!
いいね! &フォローをお願いします。
◼︎「超加速経済アフリカ:LEAPFROG(リープフロッグ)で変わる未来のビジネス地図」
最新の現地情報×ファクトフルネスで現在のアフリカを切り取り、日本初のアフリカ投資ファンドの運用やビジネスコンサルティングを通して得た経験を、弊社代表の椿が解説します。これまでのアフリカに対するイメージを一変させるだけでなく、アフリカを通じて近未来の世界全体のビジネス地図を見つめることを目的として作られた一冊です。
アマゾンジャパン ビジネス書、世界の経済事情カテゴリで複数週にわたってベストセラー1位を記録。