AAIC|Asia Africa Investment & Consulting

東南アジアに革命をもたらすアグリテック 「食の安全、健康、そしてサステナビリティーへの新たな一歩」

近年、スタートアップによる新しい技術を用いた農業支援や流通改革に関する海外事例を耳にする機会が増えています。例えば、Oishii Farmは農業界のテスラを目指し、ニューヨークで植物工場を建設、環境配慮型の垂直農法技術を用い、糖度の高い高級イチゴを販売しています。8個で50ドルという超高級イチゴ(Omakase Berry)であるにもかかわらず、D2C販売/店頭販売で収益化に成功しています。また、Sagriは衛星画像を用いて「耕作放棄地」を見つけ出すサービスを展開し、国内の地方自治体向けにビジネスを拡大しています。同時に、「儲かる農業」を標榜し、衛星データやAI技術などを活用することで、農地の健康状態の分析、農薬・肥料の最適化、収穫量予測などのサービスを提供し、インドなどの新興国へも積極的なビジネス展開を進めています。

本稿では、以前ご紹介したシンガポールにおける都市型農業(※)に続き、特に「食の安全」「健康な食」「サステナビリティー」の観点から、アジアにおけるアグリテックのトレンドと具体的な事例を紹介したいと思います。

※過去の関連レポート
シンガポールで食糧自給は進むのか?(下) 「近年の食料自給に向けた先進的な取り組み」

広がりを見せる垂直農法

アジア太平洋地域でも垂直農法(水耕栽培・エアロポニックス・アクアポニックスの合計)を用いた農作物栽培の拡大が進んでおり、2022年の市場規模は51M USD(約76.5億円)と限定的ですが、2028年には200M USD(約300億円)市場まで成長する(CAGR25.4%)と予測されています(図1)。

図1 アジア太平洋地域における垂直農法の市場規模

実際、シンガポールの中級~高級スーパーを訪れると、自国/隣国で水耕栽培した葉物野菜をよく目にします。産地にもよりますが、通常の土耕栽培の輸入野菜より最低でも数十%割高になりますが、見た目は瑞々しく綺麗で、食の安全性や健康な食生活を心掛けている日本人を含む外国人や現地の方が購入しています。私の感覚では高級スーパーの場合、野菜コーナーの棚の数%程度を占めているように思います。このような野菜を提供する多くは、下記のようなアグリテック企業になります。

1.インドネシアのBeleafは、2019年にIoT技術を駆使した生産の最適化・高品質化を目指し、葉物野菜の水耕栽培農場を開始、今では4か国にブランド展開するまで成長しています。さらに、2022年には低生産性と非効率な流通により収益が低い地元農家の底上げを目指し、FaaS(Farming as a Service)ビジネスをローンチ、インドネシアで70%以上を占める小規模農家を対象に、IoT技術を用いたパートナー農家の農業経営を支援し、栽培された農作物をすべて買い上げ、流通させるモデルで持続可能な農業の実現も支援しています(図2)。

2.フィリピンのFarmTopは、財閥系デベロッパー大手のRobinson Landと提携し、過剰な合成農薬利用による健全な農地の減少に対する施策として、ロビンソン系列の事業ビルの屋上で水耕野菜栽培事業「ファーム・トゥー・プレート」を展開。ビル屋上の水耕栽培施設で毎月約5トンの葉物野菜などを収穫し、周辺店舗へ卸しています。同様の動きはニューヨークなどの先進国でも見られますが、屋上農園の半径5㎞以内に卸されるため、配送にかかるCO2排出削減も、サステナブル農業として注目を浴びています(図3)。

これらの企業にも見られるように、「バリューチェーン改革(生産者と消費者のマッチングなど)」、「農場データ分析・助言、プレシジョン・ファーミング(精密農業)」、「FaaS(契約農家へのデジタル農業指導と農作物買取など)」、「植物工場(環境制御農業)」などの分野で活躍するアグリテック企業が、アジアのトレンドとして多く見られます。

図2 水耕栽培とFaaSで成長するBeleaf

図3 Robinson LandとFarmTopの取り組み

普及段階に入ったプラントベースフード(PBF)

プラントベースフード(植物性由来の原料からなる食品。肉や魚の代替食としても注目を集める)のアジア太平洋地域における市場規模は、2022年時点で約33B USD(約5.0兆円)で、2026年までに約42B USD(6.3兆円)まで成長する(CAGR6.5%)と予測されています(図4)。

図4 アジア太平洋地域におけるPBFの市場規模

水耕栽培の葉物野菜同様に、シンガポールの街中を見渡すと、数年前よりもより身近にPBFを提供するベジタリアンレストランや、ファーストフードメニューを見かけるようになりました。このような食品を提供する多くは、下記のようなスタートアップ企業になります。

1.シンガポールのTiNDLE(旧Next Gen Food)は、設立からわずか2年で1.3億ドルを調達し、フラグシップ製品である植物性チキンを世界各地に展開したスタートアップです。植物由来のチキンは通常の鶏肉生産よりも、土地面積が約74%、水が約82%、温室効果ガスの排出を88%ほど削減できるということから、ヒトも地球も「健康的」かつ「サステナブル」であることを掲げ、製品を展開しています。代替肉の他、ミルクやアイスクリームまでラインナップを拡大している急成長企業です(図5)。

2.マレーシアのNankaは、ジャックフルーツから生み出した「フルーツミート」で東南アジアの健康課題の解決を掲げるスタートアップです。フルーツの流通・加工プロセスに起因する廃棄問題と、肉食に変調するマレー人(1日当たりの推奨食物繊維量の50%程度しか接種できていない)の健康課題に目をつけ、食物繊維の豊富なジャックフルーツを用いた代替肉の開発に取り組み、国内外に活躍の場を広げ、今では売り上げの6割が輸出から生み出されています。この他、ジャックフルーツをベースとするPBFを提供する企業としてKARANA(シンガポール)などもあり、アジア特有のPBF企業と言えます(図6)。

図5 急成長中のPFBスタートアップTiNDLE

図6 代替肉「フルーツミート」を展開するNankaの取り組み

新たな稲作農法への取り組み

最後に、日本人になじみの高い稲作農業におけるイノベーションをご紹介します。稲作と言えば水田に苗を植える作業を思い浮かべますが、乾田直播では水を張っていない畑に播種(種まき)を行います(ある程度稲が育った後に水を張る)。通常の稲作で必要なもみまきやハウスでの育苗といったプロセスを省略できる分、人件費や水の利用量を大きく削減することが可能です。一方、畑作同様に農薬や肥料の利用量が増えるというデメリットがあります。また、そもそも発芽が安定しないという課題がありましたが、近年安定的な農法が確立されつつあり、注目を集めています。

農業セクターにおける大手Bayerは、農業活動や土地利用から放出される温室効果ガスの排出や水の消費量を削減することを目的に、インドの9つの地域で乾田直播を推進し、米農家での二酸化炭素排出量を最大45%、水使用量を最大40%、手作業も最大50%削減することに貢献しています(図7)。農業におけるカーボンゼロを目指すサステナブルな活動として、今後も拡大する可能性があります(ただし、一方で農薬・肥料の利用量は増加し、Bayerの利益には貢献することが想像されます)。

図7 Bayerによる乾田直播の取り組み

以上のように、アジア諸国でも農業分野での「食の安全、健康、サステナビリティー」に関する取り組みが広がると共に、市場が立ち上がり始めました。これらを主導するのは大手企業だけではなく、IT技術をベースとした最新アグリテック企業です。今後も日本企業が安心・安全な食と農業でリードしていくためには、ITベースのイノベーションとサステナブル農業の実現は必須だと考えます。ソリューションのパートナー探索の場として、またサービス展開の場として、アジア市場への進出を検討してみてはいかがでしょうか?

文章:AAICパートナー、AAIC日本法人代表/シンガポール法人取締役 難波 昇平

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