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先行きが不透明な中でも大きな期待:IT立国ウクライナの魅力

【写真:Presentation of the Diia portal and mobile application】
(出典) Anton Filonenko, Ministry of Digital Transformation of Ukraine

いつ戦争は終わるのか?そんな戦時下でもITセクターは成長

2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻以降、ウクライナがニュースにならない日はないほど、世界が戦況を日々追いかけています。しかし、実はウクライナは知られざるIT立国で、最近ではウクライナの豊富なIT人材、スタートアップにも注目される機会が増えています。

スタートアップは2,000社以上存在し、創業時から60%以上がグローバル市場を目指す起業家集団です。ユニコーンが少なくとも6社存在します[*1](日本も2022年末で6社[*2])。その中でもデカコーンであるGrammarlyは皆さんも使ったことがあるのではないでしょうか。ウクライナ発のスタートアップに英語を教えてもらっている方も多いのでは?

【図:Grammarlyホームページ】

ウクライナの基本情報

東ヨーロッパに位置しロシアと国境を接し、面積603,700km²(日本の1.6倍、旧ソビエト連邦の中では第2の広さ)、人口は3800万人。2022年のGDPは1600億ドル(戦争により前年約30%減)、一人当たりGDPは2032ドル[*3]です。

伝統的に「ヨーロッパの穀倉地帯」といわれ、農業や鉱業が主力産業で、農業はGDPの11.4%、輸出の49.1%を占める最大セクターで、石炭や鉄鉱石等の天然資源も豊富で、鉱業はGDPの6.0%、輸出の19.5%、FDIの9.4%を占めています[*4]。

一方、ウクライナには4原子力発電所があるなど、原子力や航空宇宙分野の研究が旧ソ連時代から盛んで、理系教育が重視され、数多くの理系、IT人材を輩出し、ICTセクターの発展のベースになっています。20万人以上のソフトウェアDeveloper、工学部の大学卒業生数はヨーロッパ1など理系・IT人材が豊富です。様々な企業がウクライナの人材をもとめ、R&Dセンターを設立しています。

【図:ウクライナにおけるR&Dセンター】

近年はITセクターの発展が目覚ましく、戦時下でもITセクターの輸出額は成長しています。

【図:ITセクターの輸出額】

「国家をスマートフォンの中に!」2019年ゼレンスキー大統領演説を実現中 ―日本もウクライナからDX戦略を学ぼう

ウクライナ政府は電子政府に向け積極的に取り組んでいます。ゼレンスキー大統領は2019年5月キーウでのiForumで、ウクライナのITコミュニティに知力を結集する必要があると呼びかけました。

“It’s not because of the people. It’s because of the system. You can consider me a naive dreamer, but we really want to create a country in a smartphone, a government in a smartphone. It is time to do it. We can’t do it without you”

2019年にデジタルトランスフォーメーション省(DX省)を設立。フェドロフ氏がウクライナ政治史上最年少(当時28歳)で大臣に就任し、E-Governmentを推進。DX省は「国家が市民・企業に提供する全サービスを集約するモバイルアプリとウェブポータルを開発し、2024年までに公共サービスの100%をオンライン化する」としています。

【図:デジタルトランスフォーメーション省の施策】

そこで開発されたのがE-Governmentアプリ「Diia」(意味はAction)です。行政のデジタル化が日々進化し、現在120以上の行政サービス(住民登録、免許証、パスポートなどのデジタル証明から、紛争による被災補償金、失業サービス申請など)がスマートフォンで受けられるほか、戦時下ではロシア軍の動きを報告できる機能などが追加されています[*5]。1,900万人がアプリを利用し、国民の63%がデジタル行政(2020年53%)を利用しています。

Diia開発を支援したUSAIDはDiiaの先進的取組みの他国展開を促進するとしています[*6]。

【図:Diia Appの各種機能、画面】

Diia Businessはウェブサイト(オンライン)と、ビジネスセンター(オフライン)のハイブリッド型サービスを提供しています。スタートアップにも、Diia Businessを通じた支援が実施されています。
ウェブサイト内にはBusiness support in wartimeという特設ページを設置し、失業補償、ビジネス拠点移動への支援、輸出の最新情報や輸出への資金援助等、戦争下でのビジネス継続に役立つ情報が随時更新・発信されています。
国内11か所にあったビジネスセンターの内、2022年10月時点でハルキウとムィコラーイウを除く9か所でオフラインの営業も再開し、スタートアップからの相談や起業教育を提供しています。同年5月にはポーランド政府と連携し、ワルシャワに初の海外拠点も設置しました。
EUはハイブリッド型Diia Businessをウクライナ企業/起業家にとっての「ホットライン」として、2022年のEuropean Enterprise Promotion Awardsに選出しています。

このように先進的なデジタル行政を進めるウクライナと日本政府は2023年4月にデジタル分野における協力覚書を締結しました[*7]。マイナンバーで混乱?している日本ですが、デジタル分野にウクライナから学ぶことが多いのではないでしょうか?

ウクライナ最大のエンジェル:政府主導のウクライナスタートアップファンド(USF)

2019年に設立され、現在DX省管轄のUSFはウクライナ最大のエンジェル投資家です。USFは設立から約3年で350社ほどを支援、主にシード期のテックスタートアップを支援しています。支援はアクセラレーター支援と助成金支援の2つ。アクセラレーション支援では選考に通過したスタートアップにアクセラレーターの支援と1万ドルの補助金を提供します。助成金支援ではプレシード、シードラウンドのスタートアップに2万5千ドル、5万ドルの助成金(無償)を提供するため、返済義務や資本構成に影響せず活動資金を獲得できます。プレシード・シードラウンドに対して積極的に支援することは、アーリーやグロース期のパイプライン構築にも繋がるため、エコシステムのおいて非常に重要な役割を担っています。2021年におけるウクライナ全体の出資/支援件数207件のうち、USFが100件(48%)を占め、国内のベンチャーエコシステムで大きなプレゼンスを誇っています[*8]。

USFの実績も徐々に増えています。USFが支援した数々のスタートアップが国際的に有名なアクセラレーションプログラム(AP)に選定されています。例えば、デザイナー向けマッチングアプリ「Awesomic」はGoogleからの支援に加え、YCombinatorのAPに選定。また、航空ソフトウェア「Input Soft」や企業法務ソフトウェア「Legal Nodes」もTechStarsのAPに選定されています。支援先スタートアップが成長することで、USFの支援が今後も伸びることが期待されます。なお、戒厳令が発令された戦時下では従来の支援は停止しており、特別支援プログラム「Brave1」を通して防衛系スタートアップへのサポートに注力しています。

しかし現在の戦時下においては、グローバル・リージョナルのベンチャーキャピタルが参入しにくい状況に加え、US Fがシード期スタートアップ支援を停止していることで、シード期スタートアップの資金調達は難しい状況にあると言っても過言ではありません。

JICAと取り組んだスタートアップ支援:戦時下でも前を向き、あきらめない力強さ

ウクライナのITセクター・スタートアップの魅力を日本により知ってもらうことも背景に、国際協力機構が中東欧のスタートアップエコシステム調査を通じ、アクセラレーションプログラム/AP(Ukraine NINJA(Next Innovation with Japan))を実施。AAICは2021年に本業務を受託し、ウクライナ最大のイノベーションセンターであるUNIT.Cityと協働し、スタートアップサポートを行いました。

【写真:2021年10月に筆者キーウ訪問時撮影】

【図:Ukraine NINJAのウェブサイト】

2021年秋にスタートアップを公募し、2022年1月に選定したスタートアップの支援を開始した所でした。しかし開始から1か月もたたず、2022年2月24日にロシアが侵攻。非常事態宣言となり、プログラムは一旦停止。定期的にUNIT.City、スタートアップ各社と連絡を取りつつ、再開を待つ日が続きました。2022年は停電、空襲も頻繁に起こるという状況の中、各スタートアップは拠点を分散させ、事業を継続・進化させていきました。あるスタートアップとの面談では、面談中に空襲警報がなり、先方が一旦退避するということもありました。

2023年1月に電力事情の改善・安定、スタートアップがUNIT.Cityキャンパスに戻ってきていることから、2023年2月からプログラムを再開。2023年5月18日にハイブリッド形式でのデモデーを迎え、DX省の副大臣、在ウクライナ日本大使などにも登壇頂き、6社がピッチを成功裡に行いました。

様々な困難を超え、進化し、UNIT.Cityも本プログラムをあきらめず、最後のマイルストーンであるデモデーをやりきるというウクライナの人々の強さがありました。そして本当の挑戦はこのデモデーからでもあります。

当日の様子は以下のリンクから見ることができます。
https://www.ninja.unit.city/
https://www.ninja.unit.city/video

【写真:デモデー当日の様子】

ウクライナの復興、そして成長に向けて何ができるか

ウクライナ情勢は不透明な状況で、ウクライナ側も反転攻勢に乗り出し、複雑さが増しています。その状況下、2023年6月にウクライナ復興会議が開催され、戦後を見据えた動きが始まっています。アメリカのBlackrock、JP Morgan Chaseがウクライナ復興基金(Ukraine Development Fund)の設立に向けた支援[*9]や開発金融機関がHorizon Capitalのファンドに出資し、ウクライナのIT企業への投資(本ファンドは約2.5億USD)を促進するなど、緊急支援から復興支援、そしてその後の成長に向けた議論が始まっています。リスクはあるものの、今後の大きなリターンへの期待が高まっています。

復興に向けた取組などの大きな流れはあるものの、ウクライナの投資リスクに対して、スタートアップエコシステムは大きなチャレンジに面しているのも現実です。

【図:スタートアップへの投資額の推移】

ユニコーンも輩出し、急速に成長してきたウクライナのスタートアップエコシステム。IT人材、AIなどの戦略分野での強みをもつエコシステムが、戦争の影響で投資リスクが高まり資金調達において厳しい局面を迎えています。

一方日本はIT人材が不足し、将来更に人材不足が大きくなると予測されています。日本政府はウクライナ政府とのデジタル分野における覚書を締結し、連携に一歩踏み出しています。

日本・日本企業としてどのような協働が可能なのでしょうか?日本はIT人材が不足する中で、豊富で優秀なIT人材を輩出するウクライナとの協働や、ウクライナが実践しているCyber security分野でも日本が学ぶことが多く、戦略的連携もあるのではないでしょうか。グローバルを目指すスタートアップが多く、ビジネスとしてSaaS、AIが上位を占めるウクライナのスタートアップとの協働は、日本企業にとりシナジーがある可能性も大きいのではないでしょうか?

リスクとチャンスをにらみつつ、私たちもウクライナと協働できることを提案し、取組んでいきたいと考えています。

【図:「ITベンチャー等によるイノベーション促進のための人材育成・確保モデル事業」 (出典)経済産業省】

 

文責:AAICシンガポール法人 ダイレクター 半田 滋

【出典】

[*1] https://techcrunch.com/2023/02/03/why-invest-in-ukrainian-startups-today/
[*2] CB Insights
[*3] 世界銀行データ:https://data.worldbank.org/
[*4] 各数値はUkraine Investment Promotion Office (2021) UkraineInvest Guide, https://ukraineinvest.gov.ua/guide/より。鉱業のGDPに占める割合のみ、State Statistics Service of Ukraine (2020) Statistical Publication www.iaastat.kiev.uaより引用
[*5] https://www.usaid.gov/diiaindc
[*6] https://www.usaid.gov/news-information/press-releases/jan-18-2023-us-supported-e-government-app-accelerated-digital-transformation-ukraine-now-ukraine-working-scale-solution-more-countries
[*7] https://www.digital.go.jp/news/ddb60a5d-dbda-4b76-8eee-c9a0a5e76ccd/
[*8] https://www.slideshare.net/UVCA/ukraine-deal-review-2021-tech-venture-capital-and-private-equity-deals-of-ukraine
[*9] https://www.ft.com/content/3d6041fb-5747-4564-9874-691742aa52a2

 

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