中国に住んでいる(いた)方や、中国とのビジネスを経験する中で何度か訪問した方なら、体感的にご理解いただけるかもしれませんが、このお題、中国でビジネスをする上で、終わることのない(≒日々ご苦労される、悩まされる、改善を続けていくしかない)重要なテーマです。私も2002年から、事ある度に考えてきました。
残念ながら、結論、答えには辿り着いておりません。そもそも、時代や経営環境、競争戦略上、常に正しい答えはないという前提かもしれません。そのような中で、少しでも答えに近づける、せめて“事例”でも、と思い、今回の記事を書きました。ご参考になれば!
さて、この方をご存じですか?(中国人女性です)
余程、中国ビジネスを注目している方でなければ、知らなくて当然かもしれません。お名前は、楊麗娟さん(44歳)。著名な火鍋チェーン「海底撈(ハイディーラオ、HaiDiLao)」で、16、7歳頃から(ほぼ同社創業時から)同社で店員として働き始め、2016年に同社がIPOした際には、株式評価額で30億元(現在の日本円で約550億円!)という資産を手に入れた方です。まさにチャイナドリームです。さらに、同社が2020年以降のコロナ禍で経営不振に陥っている中、つい最近、CEOに抜擢されました。(日本でも、牛丼の吉野家でアルバイトから社長になられた方がいらっしゃいましたが、資産が500億円超ということはなかったかと思います。)
今回は、この方が象徴している、「海底撈(HaiDiLao)」のマネジメント、特に、「高いサービス品質を強みに」事業拡大することができた人事・組織マネジメントを中心に、ご紹介したいと思います。
今更、「海底撈」?と言われるくらい、同社は、味や食材よりも(そこそこ美味しいのは美味しいのですが)、「従業員のサービス品質」で有名です。が、今回のテーマである、「維持することができるのか?」を検証するためには、数年間のウォッチが必要でした。さらに、現在、コロナ禍の苦境(21年には店舗の大規模リストラを実施&大赤字)を、どのように乗り切れるのか?乗り切れないのか?を含め、まさに、今か真剣にウォッチしなければならない事例だと考えました。
私の固定観念化とも言える、『ある時期、ある場所ではワークする高いサービス品質は、残念ながらサステナブルではない』を壊す事例になって欲しい、という希望も込めて、ご紹介したいと思います。
海底撈とは?
同社はこのような会社です(今更なので、簡単に・・・)
とにかく、「至れり尽くせり」のサービスで、急拡大した会社でした。そのサービスを提供する店員や仕組みは、少なくとも、現在まではある程度成立しているようです。少なくとも10年以上サステナブルであった、と言えます。
海底撈の組織マネジメントの要諦とは?
サービス品質を維持する組織マネジメント、その仕組みは、いたってシンプルでした。ただ、少々ユニークであり、さらに、それをやり続けるのは難しいかもしれません。
調べた結果は、働く(というか、生きる)モチベーションを、「マイナス→ゼロ→プラス」に変え、それを維持し続けているだけなのです。
■ マイナス→ゼロ:「衣食足りて礼節を知る」 ようになってもらう
■ ゼロ→プラス:「稼ぐに追いつく貧乏なし」 と感じてもらう
あたりまえ過ぎて・・・少々、しらけるくらいです。一方、これをやりつづける仕組みづくりには、頭が下がる思いです。彼らが各方面で語っている、人事・組織マネジメントの要諦を、彼らの言葉でまとめると、5つの表現に集約できます。
① 「従業員を人として、家族として見る」
② 「従業員にお金儲けをしてもらう」
③ 「従業員の自発性・積極性を呼び起こす。麻雀する精神」
④ 「顧客が主導する業績評価」
⑤ 「マネジメントを“モバイル”に移行」
俗に言う「日本式経営」も、①~④は、かって、こうだったはずなので、詳細は別資料をご用意いたしましたが、これをお読みの皆様には直感的に理解していただけるはずです。特に、①、③、④などはわかりやすいかと。
③の麻雀する精神は、中国的で面白い表現です。「麻雀が大好きな中国人」は、麻雀するときには、自主的かつ積極的に取り組む、という意味合いのようです。現在の日本では麻雀を嗜む方も少ないため、わかりにくいかもしれませんが、「好きなこと(加えて、それが儲かる可能性のあるもの)を、やるときには、人間、自分から取り組む」ということを、伝えたいようです。
⑤は、現在の中国の進化を象徴するポイントです。モバイルを活用したマネジメントシステムのことを表現しており、これは、日本でも急速に進んでいる(いく)はずです。
①~⑤については、以下の資料でご確認ください。
まずは、マイナス→ゼロまで。経済的にも環境的にも支援を行い、意識を改善する。
ゼロからプラスへ。株式の割り当て、純利益からの利益配分等を制度として取り入れています。楊さんのようなスターも生まれ説得力があります。特定の職種を除き、中途採用をしない点は、業態によってできる、できないもありますが、ここではプラスだったようです(新規採用時のエントリーマネジメントがある程度ワークしていないとできないはずなのですが)。また「両手で運命を変えよう」などキャッチ―なスローガンも良いですね。
「麻雀するときは誰も遅刻しない」「負けても文句ひとつ言わない」は、中国での私の経験上は、ほんとか?とも思わなくもないですが、面白いメッセージです。また、これも少々びっくりしたのですが、「一年以上の店長経験者は、退職理由に関わらず、職階に応じて特別な退職金をだす」という制度も導入しているようです。
顧客評価を、仕組みとして人事評価に「客観的に、数字として」取り入れることができるのは、業態によってはやりにくさもありますが、非常に良い仕組みです。大正論ですが、これがワークしなくて困っている企業はたくさんあります。
Alibaba(アリババ)のモバイルオフィスPlatform釘釘を活用した、仕組みです。Alibabaが、対テンセントの武器として導入した(と私は思っておりますが)サービスがベースとなっています。中国では、コロナ禍のリモートワーク時に急拡大したようです。この仕組みのおかげで、よりローコストで効率的なマネジメントを実現できている、とのこと。今後もうまくワークするものなのか?じっくりウォッチしていきたいテーマです。
本当に継続しつづけることはできるのか?まだ答えは見つかっていない
ここまでのご紹介で事例としてはご理解いただけたかと思っております。一定のルールが見えてくる気がします。が、肝心なことは、「これがワークし続けるのか?」、さらに、「ワークし続けた結果(しなかったとして)、経営はうまくいき続けるのか?」です。実は、その結論はまだ出ていない気がします。少なくとも、2010年代からコロナ禍前までの中国の飲食業では、成立していた事例、とは言えますが。
現在、コロナ禍で大苦戦の同社が、高いサービス品質を維持しながら、収益を上げ続けられるのか?そもそも、サービス品質を売りに、ここまで成長してきたが、今後も、それを強みとして勝負するのか?食材や味という飲食業の本質への対応は?火鍋素材デリバリーなどサービス品質で勝負しない新たな競合が成長しているが、どのように対抗するのか、しないのか?などなど多くの論点があります。今後も、継続的にウォッチすることで、答えを見つけられる気がしておりますので、後日、改めてこのテーマをご紹介できればと思っております。
他にも事例が生まれつつある。継続ウォッチしていきたい
また、最後に、海底撈と同じ文脈で、中国の地方スーパー「胖東来(PanDongLai」(一部では「奇跡のスーパー」/「スーパー業の海底撈」等と呼ばれ注目されている)をご紹介したいと思います。既にお聞き及びの方も多いと思いますが、河南省の2つの市のみで営業している地方流通業企業です。全体でも10社強のグループで、社長は農民出身・中学中退ですが、高い志をお持ちのようです(少なくとも、そのように見せることには成功しています)。同社も、「高いサービス品質」で有名です。さらに、同社はマーケティング全般に興味深い企業ですので、機会があれば、いずれ詳細にご紹介するとして、本日のテーマである「サービス品質」に関する点だけを簡単にご紹介いたします。海底撈とあわせてご注目ください。私どもも引き続きウォッチしていきたいと思います。
文章:AAIC パートナー、中国法人代表 田中 秀哉
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