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シンガポールで食糧自給は進むのか?(上) 「経済発展の振り返り」

 シンガポールは、人口545万人(2021年6月)で、東京23区より少し大きい国土(724平方キロメートル、2018年)を保有する都市国家です。1人当たりGDPは7.2万ドルで、日本の3.9万ドルを大きく超え、経済的に発展しています(2021年IMF推計)。その理由について断片的にご存じの方も多いかと思いますが、今回は簡単にシンガポールの経済発展の歴史を振り返りつつ、近年の政府方針の1つである「30by30」(2030年までに食料自給率を高める取り組み)について、具体的な政府方針と消費者の両視点でみていきたいと思います。

シンガポールはなぜ経済発展を実現してきたのか?

 マレー半島の先端に位置するシンガポールには、限られた国土に起因する「ないもの」と「出来ないこと(困難であること)」が色々あります。

・人がいない(少ない) → 労働集約的な産業が成立しづらい

・水がない(貯められない) → 水資源の確保が出来ない

・山がない(高低差がない) → 水のエネルギー利用が出来ない

・風がない(吹かない) → 風力発電の効率が悪い など

・土地がない(狭い) → 農業や工業の大規模化、輸出産業化が出来ない(難しい)

 このように決して恵まれたとは言いづらい環境の下、シンガポールは外資誘致と人的資源の確保について政治的なリーダーシップのもとで実行に移して発展してきました(図1)。それぞれの「ないもの」に対して、どのような施策を取ってきたのか、具体例を見ていきたいと思います。

図1: シンガポール経済の発展ステップ


図はAAICに帰属

1)人的資源

 政府方針・計画に基づく充実した国民教育の実施と、外国人の受け入れが行われています。

 まず国民教育ですが、世界各国の子供の学力を測る代表的な試験で、シンガポールは常に世界の上位にランクインしています(2019年TIMSS:算数と理科で世界1位、2018年PISA:世界2位)。これを実現するのがシンガポールの教育システムです。小学校卒業時点で実施するPSLE(Primary School Leaving Examination)という試験で、今後の進路がほぼ決まってしまうため(大学に進学できるかなど)、それまでに必死に勉強します(図2)。日本のメディアでもよく中国、韓国、インドなどの受験戦争の話を耳にしますが、それらの国に負けず劣らずの熾烈な教育、競争が行われており、これらの教育が優秀な人材を生み出す1つの理由となっています。「シンガポール人を優遇しない」前提で世界に門戸を開いたシンガポール国立大学には今でも世界中の優秀な学生が在籍しています(QS World University Rankings 2021で、シンガポール国立大学は11位、南洋理工大学は13位。日本最高位の東京大学は24位)

 次に外国人の受け入れについてですが、人口の3割を目安に政府主導で受け入れています。全人口569万人のうち外国人(永住権非保有者)の割合は29%(164万人)で、永住権保有者も含めると38%(216万人)となり、世界的に見ても高い水準です(2020年9月)。幅広い技能の外国人を受け入れており、その内訳は高度人材が11%、単純労働人材が41%、家事労働人材が15%程度を占め、国内の少ない労働力を外国人が下支えしていることが分かります。また、公用語を英語としていることも外国人労働者を受け入れる上で有利に働いています。

図2: シンガポールの教育制度


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2)産業

 建国当初は低い労働コストと貿易拠点を強みに、電機・電子部品などの労働集約型産業で発展しました。当時、松下電器やソニーなどの日本企業が大いに活躍しましたが、政府は早くから限られた労働力への危機感を持ち、資本・技術集約型産業への産業構造の切り替えに取り組みました中でも工場用地も資源も燃料も不要でかつ収益性の高い金融・情報セクターに目をつけ、外資優遇施策を打ち出し、積極的な外資誘致を行うことで、欧米の金融機関を中心に巨額の投資を引き出すことに成功しました。シンガポールのローカル銀行であるDBS、 OCBC、 UOBの3銀行はGlobal Financeの選ぶアジアの最も安全な銀行としてTop3を独占しています(DBSは世界の中でも上位に位置します)し、情報セクターではデータセンターも常に世界市場で上位にランクインしています(2021年世界ランキングで5位)。

 なお、古くから地理的優位性を活かして石油製品への投資を続けており、石油精製能力は世界3位(2015年)で、石油精製、石油化学製品の世界シェアはそれぞれ2%~4%程度あります。シンガポール南西部の沖合の7島を埋め立てたジュロン島には約 100 社の石油化学関連企業が集積しており、シンガポールの工業総生産高の約21%を占める一大産業となっています(2020年)(図3、図4)。

図3: シンガポールの主要製品の輸出入額


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図4: シンガポールにおける主な土地利用の状況


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3)水資源

 シンガポールには山がありません。シンガポールの最高地点は、標高163mのブキティマ・ヒル(Bukit Timah Hill)という丘になります。よって、ダムを建設することも、狭い国土で広大な貯水池を確保することも困難です。このため、熱帯性モーンスーン気候下で頻繁なスコールがあるにもかかわらず、水資源の確保、水不足(水問題)の解消が建国前からの課題となっていました。そのため、1962年にマレーシアとの間に水供給に関する99年間の契約を締結して水資源の確保を行っていますが、一方で常にマレーシアにアキレス腱を握られているという政治的なリスクもありました。

 このため、5つの海水淡水化施設NEWater(ニューウォーター、家庭廃水の再利用)の利用、巨大貯水池マリーナバラージ(Marina Barrage)の建設、節水への取り組みなどを通じて、当初は水資源の大半をマレーシアからの輸入に頼っていたものが、今ではおよそ70%程度が自給できるようになっています。廃水の再利用水の大部分は工業用に利用されていますが、一部は更なる浄水処理の上、家庭用の生活用水(水道水)としても利用されるなど、高い技術力を有しています(図5)。

4)エネルギー

 水資源と同様に、エネルギー原料の大部分を海外に依存しています。上述したように高低差のない国土では水力発電は難しく、風にも恵まれていないため風力発電も難しい。もちろん地熱もありませんし、狭い国土で原子力発電に取り組むことは多大なリスクを伴います。このため、エネルギー原料の95%は天然ガスで、インドネシアやマレーシアからパイプラインで直接輸入しています。一方で、2004年に発生した天然ガスの供給の乱れで顕在化したように(2時間のブラックアウトが発生)、1つのエネルギー原料に国の電力供給が依存することには大きなリスクを伴います。

 このような背景に加え、近年の脱炭素のトレンドから、赤道直下で効率的な発電が可能なクリーンエネルギーとして太陽光発電への投資が始まっています。土地のないシンガポールでは水域を新たな太陽光パネルの設置場所として、例えばジョホール海峡では、1万3000枚の太陽光パネルが海底にアンカーで固定される形で導入され、5メガワットの電力を供給しています。シンガポール政府は、太陽光エネルギーの利用を2025年までに2%前後、2030年には3%まで伸ばす予定です。

 さらに、自国の水域を超え、広い土地を求めた結果、オーストラリアに1万2,000ha、容量20GWpの太陽光発電所と蓄電池を設置し、シンガポールまで送電する「オーストラリア-アジアパワーリンク(AAPowerLink)というプロジェクトが立ち上がっています。2027年の完成を目指していますが、このプロジェクトが無事完了した際にはシンガポールの電力需要の15%程度を賄える計算になります(図5)。

図5: 水資源とエネルギー資源を自給するための取り組み


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 ちなみに、これまで国土にとってネガティブな「ないもの」について述べてきましたが、シンガポールにはポジティブな「ないもの」もあります。シンガポールは地震や台風といった自然災害がほとんどありません。その結果、海面への太陽光パネルの設置や、安定した貿易港の整備、またマリーナベイサンズに代表される特徴的な高層ビルや、相対的に安価な高層公営住宅(HDB)の建設が可能となっています。

 「ないもの」に正面から取り組み、国策を行なっているシンガポールで食糧自給は進むのか?次回は「食料自給に向けた先進的な取り組み」をレポートします。
シンガポールのスマートシティへの取り組みについてはこちらの記事をご覧ください。

文章:AAICパートナー、AAIC日本法人代表/シンガポール法人取締役 難波 昇平

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