今週からスタートアップ関連のカンファレンスに出席するために西アフリカのセネガル、ダカールに来ています。新型コロナもあり、このような対面のイベントがここ2年ほどありませんでしたが、久しぶりにアフリカのスタートアップ関連の起業家、投資家、関係者が集まる機会となりました。
先日、MagnittがQ1 2022 Africa Venture Reportを公開しましたが、22年第1四半期(22年1-3月期)のアフリカのスタートアップ投資額は1,200百万米ドルを記録しました。昨年対比でも+230%増と引き続き、アフリカスタートアップへの投資は増加していくことが予想されています。
今回は、昨年21年に突如彗星の如く現れた初のフランス語圏アフリカのユニコーン企業、セネガル発のモバイルマネー事業を行うWAVEについて解説したいと思います。
21年にシリーズA200百万米ドルの調達を行い、初のフランス語圏アフリカユニコーン企業となったWAVE
現在アフリカのユニコーンスタートアップ*は7社ありますが、そのWAVEを除く6社がナイジェリアもしくはエジプト発の企業となっています。唯一、セネガル発のWAVEだけがフランス語圏発のスタートアップとなります。
新興国のスタートアップの傾向として、人口の大きな国で、これまでの既存の事業ではリーチできなかった人々や企業(SME)をテクノロジーによって束ねるサービスプラットフォームに対して大きな投資がつきます。ナイジェリアもエジプトも人口1億人を超える大国で、やはり事業を開始するうえでその国の人口というのは将来の事業の成長性を考えるうえで重要となります。そのような中で、WAVEは21年9月のシリーズAラウンドでSequoia HeritageやStripeなどから2億ドル(アフリカで最大のシリーズA調達額)を調達し、突然ユニコーン企業となりました。人口2,000万人に満たないセネガルを起点にしたWAVEがなぜユニコーン企業となったのでしょうか。
図1:日米中印アフリカのユニコーン企業数の推移
*ユニコーン企業: 未上場で時価総額が10億米ドル以上の企業、ユニコーン企業の数はスタートアップエコシステムの成熟度を測るための指標としても用いられる
アフリカのリープフロッグの代名詞とも言われるモバイルマネー事業
WAVEのビジネスモデルはモバイルマネー事業と分類されます。
改めての説明になりますが、モバイルマネーとは電話番号に紐づいた仮想のウォレット・口座をもとに送金、預入、貯金、引き出しなどの基本的な金融サービスへのアクセスが可能になる仕組みです。国内に張り巡らされたエージェントのネットワークを通じて、現金の出入金もでき、USSDを用いて電子的な決済・送金も可能となります。このモバイルマネーの代表例がケニアのM-Pesa(エムペサ)です。ケニアの通信会社であるSafaricomのサービスで2007年に開始され、瞬く間にケニア国内に広がり、現在アカウント数は5,000万を超え、ほぼケニアの人口と同数となっております。
図2・3:M-PESA(サファリコム、ケニア)のモバイル決済、送金
打倒、大手通信会社!のモバイルマネー2.0モデル
WAVEのビジネスモデルは上述した、既存の通信会社が運営するモバイルマネーの事業を駆逐するものです。通信会社より安い、一律1.0%の低価格の送金手数料を押し出し、セネガルで大手通信会社のOrangeが運営するOrange Moneyと激しい競争を繰り広げています。Orangeは現在セネガル国内で50%のシェア、8百万人のユーザーを有する言われています。一方WAVEのモバイルマネーのアプリは5百万ダウンロードを超し、Orangeに迫る成長を見せています。先月、Orangeの中東アフリカ地域のCEOであるAlioune Ndiaye氏が「WAVEは20,000人の雇用を奪っている」と名指しでWAVEを批判したことが話題となりました。それほどOrangeもWAVEを警戒していると言えます。
WAVEは昨年のシリーズAの200百万米ドルの調達後、同じ仏語圏のコートジボワールと英語圏で東アフリカでありながらケニアほどモバイルマネーが一般的ではないウガンダにも攻勢をかけています。
図4:Orangeの中東・アフリカ地域CEOが名指しでWAVEを批判
上述の通り、M-pesaなどのUSSDをベースとした最初のモバイルマネーのサービスが開始されてすでに15年近くが経っています。近年でアフリカ各国の特に都市部ではスマートフォンの利用者が多くなり、アプリをベースにした様々なデジタルサービスを使用することが一般的となるなかで、「フィチャ―フォン時代から当たり前に使われているUSSDのモバイルマネーは実は煩わしい」というユーザー自身も気付かなかったインサイトを見つけたことがWAVEのビジネスの発想の根幹とも言えます。WAVEはスマートフォンをベースにしたすることで通信会社のモバイルマネーと比較して開発・運営費用も大幅に抑えることが可能となります。単純なソフトウェアの開発費を抑えられることはイメージしやすいと思いますが、運営費用もスマートフォンを前提とすることで抑えることができます。例えば入金はアプリであれば銀行口座や他の金融サービスと連動し、そこからウォレットに入金できるので、わざわざエージェントに行って現金で入金をする必要がありません。ですので、WAVEはOrangeほどエージェントネットワークを国内に張り巡らせる必要もなくなります。
図5:アプリをベースにした新しいモバイルマネーのUI・UXを実装
先週、同社は西仏語圏アフリカ8か国の共同の中央銀行であるBCEAOからe-money ライセンスを付与されました。非通信会社、非商業銀行の企業でこのライセンスが付与されたのは初めての事例となります。これまでWAVEはモバイルマネーでの送金は、ライセンスを持った商業銀行に委託していましたが、今後は独自で行えるようになるためさらにコストを抑えることができます。また同ライセンスの取得により、WAVE自身がデビットカードの発行も可能となり、ユーザーはATM等で現金をWAVEの口座から引き出せるようになり、都市部ではエージェントネットワークに頼らずにサービスの運営ができます。
図6:非通信会社、非商業銀行で初めて西仏語圏アフリカ8カ国の中央銀行BCEAOからe-moneyライセンスを取得
今後の成長で通信会社だけでなく銀行も飲み込めるポテンシャルを有する
WAVEは「アフリカのリープフロッグ」の代表格として扱われるモバイルマネーは実は急速な社会の発展の中で陳腐化を起こしており、代替サービスが必要であると暗に示すものです。これまでのアフリカの多くのスタートアップは全くデジタル化されていない産業・領域にデジタルソリューションを提供し事業を成長させるというのが一般的でしたが、WAVEのアプローチは既存のデジタルサービスの代替を行うというユニークなものです。
また、上述の金融ライセンス取得などの一連の動きを見るとWAVEを「モバイルマネー2.0」という整理だけでは不十分となります。今後カードの発行やサービスラインを充実されることで、ナイジェリアやアフリカ外の新興国で立ち上がっている、既存の商業銀行に替わるネオバンク・チャレンジャーバンクが提供するサービスとほとんど変わらないレベルになっていくことが予想できます。モバイルマネーを入り口にして、通信会社だけでなく、大手銀行までも飲み込めるポテンシャルを有していると言えます。
WAVEが仏語圏アフリカ発でユニコーンとなった理由
最後に「なぜWAVEがフランス語圏アフリカ初のユニコーン企業になったのか?」という冒頭の問いに戻ります。これまで説明してきたことをまとめると、なんとなくの答えが出せるのではないかと思います。
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数千万人の中規模の市場の局地戦から、隣国などへの展開が可能
– まず数千万人の程よい市場規模から競争を始められる
– 隣国など展開する国が同じ構造、同じ競合
■BCEAO: 規制当局がフランス語圏で共通n
■Orange: 競合の通信会社、フランス語圏のアフリカの国で最大手
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完全な新領域ではなく、既存のデジタルサービスの代替となる事業モデル
⇒ユーザー:既存サービスの代替で価格の差、UI・UXなどベンチマークがあるのでbenefitを理解しやすい。
⇒投資家:単一国での成功すれば、他国への展開の勝ち筋のイメージがつきやすい事業モデル
WAVEの事例は、今後、アフリカの中小規模の国発のスタートアップがどうすればユニコーンになれるかを考えていく上で非常に貴重な事例になるかと思います。今年も引き続き多くのスタートアップが巨額の調達を行っていくと思いますが、WAVEの事例を頭にいれておくとさらに深い考察ができるかもしれません。
文章:AAICナイジェリア法人代表 一宮
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