2024年4月9日に、世界のスマートシティランキングのひとつであるIMD Smart City Index 2024が発表され、シンガポールはアジアの都市で最高位、世界ランキングで5位を獲得しました。
同国は2020年から3年連続でIMD Smart City Indexで1位に輝き、評価基準が変更された2023年から順位を落としたもの、引き続きスマートシティやDX関連のランキングの上位に必ず登場します。
前回のシンガポールのスマートシティの取組に関する記事では、PayNow、LaaP、NTPなどの最新取組についてご紹介しました。今回はシンガポールが継続的にスマートシティ・デジタル化の取組を推進できている要因の一つである強力なリーダーシップの源泉とそれを実行するための組織体制について言及した後、シンガポールのスマートシティ施策の最新動向についてご紹介できればと思います。
スマートシティ政策の全体像と実現する組織体制
シンガポールのスマートシティ政策は2014年、当時の首相Lee Hsien Longの演説を皮切りに本腰を入れてスタートしました。
Lee Hsien Long元首相は2014年8月のNational Day Rally(年に一度、建国記念日後に開催される首相演説。翌年の政策の方針を示す重要なイベント)で “Smart Nation” (※シンガポールは都市国家のため、スマートシティ政策は「スマートネーション政策」と呼ぶ)について言及し、3か月後の11月24日に “Smart Nation Launch” という題目で演説をしました。そこで、シンガポールがNYやロンドン、上海などと並び、世界をけん引する都市としてあり続けなければいけないことを明言し、そのために、デジタル化を率先して取り入れシンガポールをスマートネーションとするビジョンを発表しました。国土が狭く、資源に乏しいシンガポールは、常に国際社会における立ち位置を確保するために、都市として、国としての競争優位性の創造を常に模索しており、デジタル化は様々な機会をもたらしてくれると判断したようです。
具体的なアプローチとして、これまで各省庁(陸上交通庁、金融管理局、労働省、情報通信省など)がばらばらに取り組んでいたデジタル化の動きを取りまとめ、Whole-of-Government (WOG)で対応することを発表しました。ここから、スマートネーションを推進するための、政府内の組織再編が実施されています。
上記のスピーチから3年以内に、スマートネーション政策を強力に推進するための新たな体制が確立されました。
まず、2016年に情報通信省で組織再編が行われ、MDAとIDAという2つの組織からIMDAを新たに立上げ、技術部隊をGovtechとして独立させました。翌年2017年に、首相府直下の組織として、Smart Nation and Digital Government Group (SNDGG) を新設し、金融省、情報通信省、首相府の人材を集めSmart Nation and Digital Governance Officeを組成し、その実行部隊(技術的な支援など)として、上記のGovtechを迎えいれました。これでSNDGGは首相府直下の組織として、スマートネーション関連の取り組みを、各省庁の垣根を乗り越えつつ、スピーディーに推進できるようになりました。National Digital Identity(国民デジタルIDシステム)、E-payments(電子決済システム)のように、政府の複数機関及び国民全員がメリットを享受できる基盤デジタルシステムの確立は、「戦略的国家プロジェクト」として選定の上、SNDGGが中心となって推進していくようになります。
戦略的国家プロジェクトのなかでも、様々なデジタルサービスのイネーブラーとして近年の活躍が目覚ましい “National Digital Identity”プロジェクトについて深堀したいと思います。
政府が信頼性を保証する本人確認とユーザー認証システムSingpass/MyInfo
政府サービスや重要な民間サービスがデジタルに移行する中、高い安全性と利便性を兼ね備えた本人確認やユーザー認証システムは必須となります。シンガポール政府は、国民IDのデジタル化を早急に進め、政府のお墨付きの本人確認・ユーザー認証システムであるSingpassを普及させています。
●高い安全性と利便性を持つ「Singpass」
シンガポールでは全住民が国民IDを保有しています。シンガポール国籍の場合はNRIC (National Registration Identity Card)、外国人の長期滞在者の場合はFIN (Foreign Identification Number)を支給され、政府サービスを受けるために必要となっています。
National Digital Identityプロジェクトではまず、この情報をデジタル化し、国民がSingpassアプリで確認できるようにしました。アプリのログインには顔認証あるいはOTPが必要です。Singpassアプリを開くと、国民ID情報を確認できるだけでなく、自分の年金や納税、住宅や兵役情報など政府サービスに関する情報も確認できます。
次に、政府機関のウエブサイトにログインする際にも、Singpassアプリを通じたユーザー認証をできるようにしました。下記の画像のように、ログインしたいサイトを開くと、SingpassのQRコードが表示され、スマホのアプリを起動するよう促されます。スマホのSingpassアプリでQRコードをスキャンすると、外部サイトでのログインを許可するページが表示され、許可をすると、Singpassアプリの手続きは完了し、利用したいサイトでのログインが完了する仕組みとなっています。スマホのアプリの顔認証でユーザー認証を行い、政府公式アプリが既に本人確認を行っているため、詐称が難し く安全性が高いシステムとなっています。しかもUXが素晴らしくとても便利です。
●他機関との連携を可能にする「MyInfo」
政府機関だけでなく、民間企業のサービスにもSingpassを利用することができます。例えば、DBSなどの主要な銀行でクレジットカード申請を行いたい場合も、Singpassでログイン兼情報提供を許可すること選択肢があり、それを選択すると、既に政府に登録してある項目は自動記入してくれます。これはMyInfoというSingpassのAPI連携による情報システムを活用しています。消費者としては、記入項目が減り利便性が高まりますし、民間企業視点で見ると、政府と登録されている情報がそのまま記入されるため、ミスが少なく、信頼性が高い情報を取得することが可能となっています。現時点で、800の公共機関と民間企業が、Singpassを採用しています。
●Singpassを活用する先端サービスの一例:sgfindex
Singpassを活用する先進的な取組の一例として、sgfindexがあります。sgfindexは個人が自身の資産ポートフォリオを俯瞰してみられる、資産形成のための支援ツールです。これには、複数の金融機関や保険会社、政府機関から情報を吸い上げてまとめる必要があります。お金まわりのデータは機密性が高く、各金融機関などが情報開示をするためには安全で精度の高いユーザー認証が必要となります。そこでSingpassが活用され、Singpassで身分を証明したユーザーが、自分でデータを取得したいと明言した金融機関からのみデータが引っ張れる仕組みとなっています。
Singpassの開発に貢献したシンガポールの国策テックスタック
Singpassの開発には、Singapore Tech Stack (SGTS)という、シンガポール政府が整備したデータ共有・とシステム開発を効率的に行うためのテックスタックが活用されてました。
2018年、Lee Hsieng Long元首相が、GovTechが主催するStack Developer Conference 2018でのスピーチで、シンガポール政府システムの「再工学(”Re-engineering”)」を宣言しました。
背景として、シンガポールは様々な技術のアーリーアダプターであったことが災いし、各省庁がばらばらの「レガシーITシステム」を保有し、それぞれがメンテナンスや更新を必要としていました。また、システム開発などは各省庁が独自のベンダーに依頼し、同じようなシステムを一から立ち上げているなどの、多くの非効率性を抱えていました。今後そのような非効率性をなくしていくために、シンガポール政府は、デジタル化に必要なシステムの開発環境やデータの整備に動き出しました。
この取組より登場したのが、CODEX(Core Operations Development Environment and eXchangeの略称)、及び前述のSGTSになります。共通データの整備、クラウド移行、共通ツール、共通アプリ開発サービスの4層からなり、アプリ開発や組織を跨いだデータ共有を実現しました。今後も効率的な開発・データ共有体制の基、様々なデジタルサービスがローンチされていくことが予想されます。
まとめ
シンガポールの強力なリーダーシップの元で推進される最新のスマートシティ政策から学べることは多くあります。弊社ではこのように幅広いネットワークを活用し世界の最新トレンドを常時キャッチし、成功事例の分析にもとづいた新規事業の提案のご支援を行っております。ご興味をお持ちの方はお問い合わせページよりお気軽にお声がけください。
お問い合わせ – AAIC Holdings (aa-ic.com)
文章:AAIC シンガポールオフィス 太田 胡桃
◼︎最新ビジネス情報をご希望の方はAAICメールマガジンにご登録ください。
また、弊社レポート内容について解説させて頂くウェビナーを定期開催しています。詳しくはニュースリリースをご確認ください。
◼︎AAIC運営のアフリカビジネス情報メディア「ANZA]
スワヒリ語で「始める」を意味する「ANZA」では、アフリカビジネスに関する様々な情報を発信しています。
公式Facebookページ、Twitterで最新情報配信中!
いいね! &フォローをお願いします。
◼︎「超加速経済アフリカ:LEAPFROG(リープフロッグ)で変わる未来のビジネス地図」
最新の現地情報×ファクトフルネスで現在のアフリカを切り取り、日本初のアフリカ投資ファンドの運用やビジネスコンサルティングを通して得た経験を、弊社代表の椿が解説します。これまでのアフリカに対するイメージを一変させるだけでなく、アフリカを通じて近未来の世界全体のビジネス地図を見つめることを目的として作られた一冊です。
アマゾンジャパン ビジネス書、世界の経済事情カテゴリで複数週にわたってベストセラー1位を記録。