コロナが収束/withコロナとして定着し、通常の経済活動が再開された一方、米中対立、ロシア-ウクライナ紛争長期化、リセッション、世界的なドル高が進む波乱な1年となった中、東南アジアのスタートアップ事情にどのような変化が起きたのか、テックジャイアントの動向と4つのスタートアップの事例をご紹介します。
テックジャイアントの動向
コロナ禍において活発な動きを見せていた「東南アジアのユニコーン企業の新たな動きと再編の可能性」東南アジアのデジタルジャイアントはどうなったのでしょうか。
ライドシェアからスーパーアプリ化したGrab(シンガポール)やGoto (インドネシア配車大手Gojekと同国EC大手Tokopediaの統合会社)、Sea(シンガポール)などのかつてのユニコーン(=企業価値評価額が10億ドル=約1,390億円=以上の未上場企業)の足元の動向をご紹介させて頂きます。(*1、2)
ライドシェア二大巨頭の動向
Grabは2021年12月に特別目的買収会社(SPAC)との合併を経て米ナスダック市場に上場を果たしました。Gotoは2022年4月にインドネシア株式市場に上場を果たしました。無事「ユニコーンからの卒業」を果たした両社ですが、上場後の決算では大幅な赤字が続いています。
2022年1月~9月期の決算における最終損益では、Grabが13億4,900万ドル(約1,850億円)、Gotoは20兆3,000億ルピア(1,780億円)の赤字を計上しています。
いずれも、運転手不足を解消するための奨励金や、競争が激化する顧客獲得に向けた販売促進費用が重荷となっています。
常態化した赤字に対する、投資家の厳しい目線
Grabの足元の株価は上場時(13.6ドル)の7割低い水準にとどまっています。
Gotoも同様で公開価格の338ルピアを大幅に下回り、1月~9月期の決算を発表した11月21日の翌日には、一時前日比14ルピア(6.7%)安の196ルピアと制限値幅の下限(ストップ安)水準を付けました。
また、東南アジアのユニコーンの先駆けで2017年にニューヨーク証券取引所(NYSE)に上場したシンガポールのSea(シー)も同様の状況に陥っています。主軸のオンラインゲーム事業の稼ぎを電子商取引(EC)事業「Shopee(ショッピー)」の成長投資につぎ込んできましたが、EC部門の赤字が続いています。
その上、21年末からゲームの成長が失速、22年になってECの売上高成長も減速し、株価は21年秋につけた高値の5分の1未満まで下がっています。
こうした背景には、米国の利上げに端を発した市場環境の変化があります。これまでは世界的なカネ余りを後ろ盾とした、ソフトバンクなど世界の投資家から東南アジアの未上場企業に巨額のリスクマネーが流れていました。
しかし、世界の金融政策が引き締めに向かう中、多くの投資家は慎重スタンスに傾いています。
その結果、調達した巨額資金を元手に、コスト度外視のシェア拡大、ライバルとの競争をしてきたユニコーン企業に対する収益改善への圧力が強まっています。
今後は多額の販売促進費で利用を促す従来モデルからの脱却が鍵となる
Grabはサブスクリプション(定額課金)サービスの導入に乗り出し、頻繁に利用する優良顧客の囲い込みを図っています。Grabの東南アジアでのシェアは、配車で約7割、食事宅配で約5割に達しており、新規顧客の獲得よりも、既存顧客との関係深化がより重要な局面へと移っています。
2020年7~9月期には配車と並ぶ主力事業の食事宅配の調整後EBITDA(利払い・税引き・償却前損益)が初めて黒字になり、食品なども含めた宅配事業全体でも900万ドルの黒字に転換しました。
配車事業のEBITDAも1億3500万ドルの黒字で、黒字額は前年同期比で2.1倍に増えています。赤字が続くのはネット専業銀行への初期投資がかさむ金融事業を残すのみとなっています。
対するGotoも機械学習データを用いて、リピーターになる可能性が高い顧客に、効率的にキャンペーンを行うなど収益性の改善を急いでいます。
テックジャイアントによる「スーパーアプリ」競争の行く末は、今後も注目していくべきポイントだと考えています。
東南アジアで大きな資金を集めた産業領域
図1に東南アジアにおける産業領域別の資金調達額の総和を示します(*3)(注)。
2020年から上位の顔ぶれに大きな変化はなく、Financial Services(金融サービス)やCommerce and Shopping(EC等の商業・買い物サービス)、Transportation(輸送サービス)が上位を占めますが、Education(教育)については大きく順位を上げています(2020年の調達額は17位でした)。
東南アジアにおいても、学校が休校になるなど子供たちの教育にパンデミックの影響が及ぶ中、教育(Education)と技術(Technology)を組み合わせた造語であるEdTechに対する需要が高まっていると考えられます。
図1 東南アジアの産業領域別資金調達額の総和ランキング(Mil USD)
1. 保険商品の取引プラットフォームを運営するbolttech、日系企業とのコラボも
急速なテクノロジーの進展やウェブ上のプラットフォームを活用した新たなビジネスモデルの普及などにより、商品・サービスの購入に対する顧客の意識やプロセスは大きく変化しています。
そんな中、様々な企業のサイト上でエンベデッド・インシュアランスなどの保険提供を可能とする世界最大規模のプラットフォーム(Insurance Exchange)を有するbolttechが急速な成長を遂げており、創業してわずか1年でユニコーンの地位を獲得しました。(*4)
※エンベデッド・インシュアランス:保険商品をパートナーとなる事業者の商品・サービスに組込み、一つの商品・サービスとして提供するもの。
bolttech は、保険会社、販売会社、顧客間のつながりを、保険・保障商品の売買をより簡単かつ効率的にすることを目的としています。保険会社、通信事業者、小売業者、銀行、eコマース、デジタル・デスティネーションと連携し、保険が必要とされる場面での顧客との接点に保険を組み込むことを可能にしています。
現在、欧米やアジアの30カ国で800社超と提携して保険商品を販売しています。組み込み型保険を中心とした取扱保険料は21年に55億ドル(約8000億円)で、世界最大規模のプラットフォームへと成長しています。
図2 bolttechが提供する組み込み型保険サービスイメージ
そして、bolttechは2022年10月に日本の東京海上ホールディングス株式会社と資本業務提携契約を締結しました。
今後はbolttechが提携する企業のサイト上で東京海上の保険商品を販売していく計画で、23年にも欧米やアジアで事業をスタートさせると見られています。(*5)
2. 日本人がシンガポールで創業し、ベトナムを中心にサービスを展開−教育DXを手がけるManabie (マナビー)
Manabieは学習塾・学校・大学などの教育機関に向けて、教務・校務などスクール教室運営に必要な機能を網羅したDXプロダクトを開発しています。(*6)
最高経営責任者(CEO)を務める本間拓也氏は、インドネシアとフィリピンで学校向けのオンライン学習教材を手掛ける英クイッパーを共同創業し、その後同社を買収したリクルートでオンライン教育サービス「スタディサプリ」(スタサプ)に携わった経験を持っています。
こうした経験に基づき、生徒と教員の双方を一気通貫で支援できるサービスをアジアで広げたいと考え、東南アジア最大の電子商取引(EC)サイト「Lazada(ラザダ)」の立ち上げメンバーのクリスティー・ウォン氏(現マナビー最高執行責任者=COO)とManabieを創業したそうです。
Manabieはベトナムにおいてホーチミンを中心に学習塾を5教室ほど運営するほか、オンライン授業配信のプラットフォームや、講義動画を視聴できるスマホアプリを手がけています。スマホアプリはベトナムで1万人が利用しています。
図3 Manabieが提供するサービスイメージ
出所:Manabieウェブサイト、千葉道場ファンドNote(*7)
東南アジアで多くの企業が資金調達をした産業領域
一方で、調達額の絶対額としては大きくないものの、資金調達した企業数の成長率を見ると、異なる角度から社会トレンドやコロナの影響が見て取れます。
Gaming、Music and Audio、Content and Publishingなどエンタメ関連の産業領域が上位を占めています。コロナ禍において、家で過ごす時間が増える中で、人々の娯楽に対する需要が高まり、そこに資金が集まったと考えられます。
また、調達額の総和としては10位以下であったEnergyといった環境関連の産業領域も上位に来ており、世界的なトレンドと同様に、東南アジアにおいても環境問題や持続可能性に対する資金が集まっているようです。
図4 東南アジアの産業領域別資金調達企業数の総和ランキング(件数)
3. ブロックチェーンゲーム開発のSky Mavis
Sky Mavisはブロックチェーン(分散型台帳)技術を使ったゲームを開発するベトナムのスタートアップです。同社のゲーム(Axie Infinity)は楽しみながらお金を稼げるのが特徴であり、「プレー・トゥー・アーン(Play to Earn、P2E、遊んで稼ぐ)」という新しいスタイルを生み出しました。(*8)
暗号資産(仮想通貨)がゲーム内通貨として流通しており、モンスターはNFT(非代替性トークン)で、これ自体をゲーム内で売ったり買ったりすることができるのです。自分が持っている仮想通貨を銀行預金のような感じで預け、「利子」を受け取る「ステーキング」のサービスも提供しています。
ゲーム内で得た仮想通貨は交換業者を通じ、実際のおカネに換金することが出来ます。フィリピンなどで新型コロナウイルスの感染拡大で仕事がなくなった若年層の間で、新たな収入源として注目を集めました。
図5 Sky Mavis が運営するゲームAxie Infinityイメージ
出所:Axie Infinity ウェブサイト
4. リチウムイオン電池のリサイクル事業を行うGreen Li-ion
最後に紹介するのは、リチウムイオン電池や代替電池のリサイクルシステムを設計・製造するシンガポールのGreen Li-ionです。2020年創業の同社は、これまでに150万ドル(=約20億円)を調達しています。(*9)
2022年1月に発表されたインド理科大学の研究では、世界のリチウムイオン電池のリサイクル率は1%とされています。リチウムイオン電池は埋め立てにより廃棄処理が行われると、汚染物質を排出したり、火災の危険性があるなどの問題があります。EV自動車の普及などが進む中、リチウムイオン電池のリサイクルの仕組みを構築することは、ますます重要になっていくと考えられます。(*10)
こうした問題に対し、Green Li-ionは「ハイドロ・リジュビネーション」と呼ばれる新技術を開発しています。この新技術では、既存技術に比べ、リサイクル工程での二酸化炭素排出量を8分の1に削減でき、使用する水の最大90%までを再生することができます。加えて、処理効率が2倍、収益性が4倍に向上すると同社CEO 兼共同設立者である Leon Farrant 氏は説明しています。
環境問題や持続可能性に世界の注目が集まる中、同社の今後の動向には引き続き注目していきたいと考えています。
図6 Green Li-ionによるリチウムイオン電池のリサイクルプロセスのイメージ
出所: Green Li-ion Pich deck
文章:AAICパートナー、AAIC日本法人代表/シンガポール法人取締役 難波 昇平、志村(インターン)
注:
Crunchbaseから2020年、2021年、2022年に資金調達した企業をそれぞれ取得。Crunchbaseで定義されたIndustry Groupsごとの集計。ただし、Industry Groupsは1つの企業に複数のIndustryが設定されるため、資金調達した企業数の総和と企業にタグ付けされたIndustry Groupsの総数は一致しない(重複カウントが存在)。なお、Industry Groupsには特定産業ではなく、汎用的な活動領域も含まれており、表中ではそのような領域の棒の色を灰色とした。
*1 Grabウェブサイト(https://www.grab.com/sg/)
*2 Gotoウェブサイト(https://www.gotocompany.com/)
*3 Crunchbase(https://www.crunchbase.com/)※東南アジア6か国を集計
*4 bolttechウェブサイト(https://bolttech.io/)
*5 東京海上ホールディングス株式会社「シンガポールのインシュアテック企業 bolttech との資本業務提携 bolttech との資本業務提携について」 (https://www.tokiomarinehd.com/release_topics/release/l6guv3000000g3vk-att/20221017_j.pdf)
*6 千葉道場ファンドNote 「シンガポール発Edtechカンパニー「Manabie」。元EdTech起業家のVCキャピタリストが期待する凄さとは?」(https://note.com/chibadojofund/n/nc1d713e3fd9b )
*7 Manabieウェブサイト(https://www.manabie.com/)
*8 Sky Mavisウェブサイト(https://www.skymavis.com/)
*9 Green Li-ionウェブサイト(https://www.greenli-ion.com/)
*10 インド理科大学研究「Recycling of Li-Ion and Lead Acid Batteries: A Review」(
https://link.springer.com/article/10.1007/s41745-021-00269-7)
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