新型コロナの影響により、サプライチェーンの見直し(国内回帰やデジタル化・自動化など)の議論が活発になっています。消費者の視点でも、スーパーマーケットの棚から家庭向けの小麦粉やホットケーキミックスが消えた光景は記憶に新しいのではないでしょうか?
AAICでは、「新興国(アジア、アフリカ等)」と「新分野(新規事業、AI/IoT、自動運転等)」での挑戦や価値創造をご支援していますが、今回は新分野における可能性として、このような状況下で注目される「代替ビジネス」について、サーモン養殖のサプライチェーン改革を例にご紹介したいと思います。
ノルウェーは世界的なサーモンブームの陰の立役者
突然ですが、皆さんが寿司ネタとして思い浮かべるネタは何でしょうか?
マグロ、ウニ、イクラ、エビ、アナゴ・・・などを思い浮かべる方も多い方思いますが、LINEリサーチが2020年5月に実施した「好きなお寿司のネタに関する調査(N=5,252)」結果を見ると、サーモンが1位となっています(図1)。サーモン人気はすさまじく、女性では全ての年代で1位、男性も10代~30代で1位という結果になっています(ちなみに、男性の40代・50代の1位は「中トロ」です)。
図1 人気お寿司ランキング ベスト5
一昔前はスーパーで見かける鮭と言えば、ロシアやカナダや国産の銀鮭や紅鮭でしたが、近年は気が付けば「サーモン」を目にする機会が大変増えました。実はこのサーモンの火付け役であり、新たな産業として大きく成功したのがノルウェーです。
ノルウェーの水産品輸出は過去20年で大きく成長し、現在は1.2兆円規模となっています(図2)。その大部分を養殖サーモンが占めています。サーモンの大規模海上養殖を行うにはいくつかの条件があり、海で成魚に成長するまでの2年前後の間、適温とされる11度~18度を通年で保っている必要があります。また、台風などで海が荒れるとその間給餌が出来なくなったり養殖網が壊れてしまったりとリスクが伴うため、穏やかな海である必要があります。世界的にもこの条件を満たす海域は限られており、それがノルウェーやチリ沖の海域となります。
このような地理的メリットと、世界的な和食(寿司、生食)ブームを背景とした旺盛な消費者需要をタイムリーに把握したのがノルウェーで、政府主導のグローバルマーケティング(ノルウェー水産物審議会)の他、大規模生産事業者によるバリューチェーン拡大や養殖地域の拡大を後押しすることで、大きな成功を収めました。
図2 ノルウェー水産品輸出額推移(Mn USD)
ノルウェーサーモン養殖の最大手 「Mowi」
ノルウェーのサーモンの大規模生産事業者で有名なのがMowi(旧Marine Harvest)です。1964年にサーモン生産(漁獲)からスタートしたMowiは、飼料や1次加工、2次加工までバリューチェーンを拡大することで(図3)、ここ10年で4倍以上の規模に成長しています(2019年の売上は4,136Mn EUR)。同社のAnnual Reportによると、1kg(内臓なし)のサーモン養殖コストは4.26 EUR/kgですが(図4)、中央魚類株式会社のノルウェー産アトランティックサーモンの卸売価格を見ると1,200-1,300円/kgとなっています(2020年8月29日時点)。ノルウェー国内での加工や輸送費は1-2EUR/kg程度と考えられるため、残りの大部分のコストが国際輸送費(空輸)ということになります。
図3 Mowiのバリューチェーンと各種業界認証
図4 Mowi社のサーモン養殖コスト
RASによる輸入代替の可能性
ここで登場するのが「輸入代替」の議論となります。単純計算して、国内で1,200-1,300円/kgの卸売価格よりも安く生産・卸せるのであれば、国内で養殖できれば儲かるということになります。
これまでサーモンの飼育環境の特殊性から、消費地である国内での大規模生産の実現が難しいという背景がありましたが、近年の技術革新によりそれが可能となりつつあります。その技術革新により実現されたのが閉鎖循環式陸上養殖システム(RAS:land-based closed Recirculating Aquaculture System)です(図5)。海ではなく陸上で行う養殖です。陸上養殖というと高級魚のイメージがありますが、RASでは水を循環利用することや大規模化することの他、水に溶ける酸素濃度やアンモニアなどを調整することでサーモンの成長を早め、生育期間を短縮することで大きく養殖コストを下げることに成功しました。「サーモン」という大規模消費される魚種のマーケットが生まれたことも、低コスト実現の背景にあることも重要な要素です。
図5 閉鎖循環式陸上養殖システムイメージ
日本企業の動向と世界各国のRASサーモンの動き
日本の総合商社は、いち早くサーモンの可能性に気づき、市場に参入してきました。三菱商事は2011年にチリのサルモネス・フンボルト、2014年に当時業界第3位のノルウェーのセルマックを買収した他、三井物産は2013年にチリのマルチエキスポートと合弁会社を設立し、養殖事業に参入しました。一方、三井物産は輸入代替の可能性/既存事業のリスクから、2017年に水産物の閉鎖循環式陸上養殖システムを開発したベンチャー企業FRDジャパンを買収、サーモントラウトのRAS建設の検討を開始した他、丸紅は2020年に陸上養殖大手のダニッシュ・サーモンの株式の66.7%をニッスイヨーロッパと取得しました。また、シンガポールに本社を置く投資ファンド8F Asset Managementの日本法人であるソウルオブジャパン株式会社は、三重県津市にアジア最大級となる養殖・加工施設を建設中で、約10,000トン/年の生産を目指しています。
また、世界に目を向けると、同様の輸入代替の可能性に気が付いた養殖業者や投資ファンドが各国で大規模RASサーモン施設の建設に乗り出しています(図6)。今後もサーモンの需要予測は安定して伸長する見込みで、各社の投資がしばらくは続くと見込まれます。一方で、10,000トンを超える大規模施設の稼働を成功させた事例はまだなく、本当に事業計画通りの収益が出るのか、結論が出るまであと数年待つ必要がありそうです。
図6 世界の主要なRASサーモン養殖場
今回はサーモンを例に輸入代替ビジネスを紹介させて頂きましたが、例えば、人工肉や藻や昆虫食などのタンパク源の不足といった課題や、SDGsといった時代背景に、AIやロボティクスなどの技術イノベーションを掛け合わせることによって、様々な業界で代替ビジネスの形が生まれつつあります。AAICでは、世界の成功事例の調査・分析や、イノベーションを掛け合わせた新規事業の創出・実行についてご支援させて頂いています。このようなアプローチにご興味を持っていただけた方は、ぜひAAICウェブサイトよりお気軽にお問い合わせください。
トップ画像出所:Mowi Annual Report2019
文章:AAIC Japan 難波昇平
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