ハラール市場は、世界のムスリム人口の増加とともに着実な拡大を続けており、食品・飲料にとどまらず、化粧品や医薬品、生活用品に至るまでその対象範囲を広げています。とりわけ国際市場においては、各国の法制度、認証機関、消費者行動に関する理解が、ビジネス展開における鍵となっております。
本レポートでは、「ハラールとは何か」から始まり、「ハラール認証制度の基本的理解」、さらに「主要国における輸入制度と認証機関の比較」、そして「食品および化粧品におけるハラールトレンド」まで、ASEAN・南アジア・中東諸国における制度の相違と共通点を俯瞰しながらビジネス上有用な情報を分かりやすく整理・解説いたします。
これらの情報は、製造業の皆様が どの国をハラール製品の製造拠点とするか、または輸出拠点とするかを最適化し、戦略的に判断するための有益な材料となることを目的としています。
「ハラール」はイスラム法において合法とされる行為や製品を指し、食品に限らず化粧品や医薬品など多岐にわたる分野で使用される宗教的な概念です。
「ハラール(Halal)」とは、アラビア語で「許されている」「合法な」という意味を持ち、イスラム教徒にとって摂取・使用が認められている製品や行為を指します。食品や飲料にとどまらず、化粧品、医薬品、金融取引にまで適用されます。その反対は「ハラーム(Haram)」であり、イスラム法において禁じられたものです。
ハラール食品には、イスラム法に従った屠畜(ザビーハ)、豚・アルコール・血液・捕食動物などの成分不使用、製造・輸送・保管過程における非ハラール品との接触回避といった要件があります。
ハラールは宗教的信仰に基づく概念であり、ハラール認証はそれを第三者機関が証明する制度で、信頼性や国際流通における重要性が増しています。
1970年代以降、加工食品やグローバル流通の拡大を背景に、輸出入において信頼性のある証明が求められるようになり、多くの国で制度化されました。
2025年時点で、イスラム教は世界で2番目に大きい宗教であり、20億人以上(世界の人口の約4分の1)の信者を擁しています。イスラム教徒が多数を占める国々は、アジア、アフリカ、中東およびヨーロッパの一部の地域に存在し、人口規模、経済発展、および文化的伝統において著しい差が見られます。
湾岸協力会議(GCC)は、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、クウェート、カタール、バーレーン、オマーンから構成され、加盟国全体でハラール認証を調和させる上で重要な役割を果たしています。GCCは、シャリア(イスラム教の生活全般を律する規範体系)の原則への準拠を確保しつつ地域貿易を促進するため、統一されたハラール規格(GSO 2055)を実施しています。
シンガポールとマレーシアは、東南アジアにおいてイスラム教徒と非イスラム教徒が共存する模範的なモデルとして存在しています。両国は、宗教間の調和を促進するための包括的な法的枠組み、文化的規範、および政府政策を策定してきましたが、そのアプローチは異なっています。
シンガポールは、仏教、イスラム教、ヒンドゥー教、キリスト教といった主要宗教の祝祭日を国家レベルの公休日として定めるなど、宗教の調和を維持するための厳格な法的枠組みを持っています。一方、マレーシアは、イスラム教を公式宗教としていますが、少数派の宗教に対する保護も憲法で保障しています。
このレポートでは、インドネシア、インド、バングラデシュ、エジプト(イスラム教徒人口が1億人を超え、1人当たりのGDPが2,000ドルを超える国々)、アラブ首長国連邦、サウジアラビア(湾岸協力会議(GCC)経済圏の代表)、マレーシア、シンガポール(イスラム教徒と非イスラム教徒が共存している国の代表)に焦点を当てます。
ハラール規制環境によって8か国を4つのカテゴリーに分類できます。規制の施行が強化されるにつれて、市場でのハラール製品と非ハラール製品の区分が明確となるため、消費者のハラール認証ロゴへの依存度は低下します。
各国は輸入製品に対して異なる規制を設けており、ハラール認証の義務化や表示義務の有無、検査体制に差異があります。
各国は政府または政府承認の民間機関によって認証制度を運営しており、輸入製品のために外国認証機関との相互承認体制を整備しています。
各国はいずれも、輸入品の認証において海外の認定機関リストを定め、相互承認体制の整備を進めています。
食品では国によって規制の厳格さが異なり、化粧品は宗教的側面よりも倫理性や品質が重視される傾向があります。
〇UAE・サウジアラビア・エジプト:市場製品のすべてがハラールであることが前提です。例外としてUAEとエジプトでは酒・豚製品は免許制で特別エリアにて販売されています。一方サウジアラビアの規制はより厳しく、酒も豚製品も共に完全に禁止されています。
〇インドネシア・バングラデシュ:規制強化中であり、国産・輸入品いずれにも認証義務導入の方針で統制される予定です。インドネシアでは、国内で流通するすべての製品をハラールに統一する方針が打ち出されており、国家的な規模での制度整備が進められています。一方で、同国には非ムスリムの外国人観光客が多く訪れる観光地も存在しており、こうした多様な需要にどのように対応していくかが今後の重要な課題となります。今後は、特定地域や用途に応じた例外措置の設け方や、制度運用の柔軟性に関する方針が注目されます。
〇シンガポール・マレーシア:多文化社会に対応し、認証表示によって消費者が選別できるようになっています。シンガポールおよびマレーシアのいずれの国においても、モダントレードでは豚肉が販売されていますが、ムスリム消費者への配慮として、牛肉や鶏肉などの他の食肉とは別の棚に分けて陳列されているのが一般的です。
〇インド:規制は存在せず、自由度が高い一方で、消費者側が認証の信頼性を判断しています。インドでは、宗教的な背景からベジタリアンの人口が多く、同様の理由でアルコールの摂取も控えられる傾向があります。そのため、ムスリム消費者にとっては、ベジタリアン向けのレストランや食品は、安心して利用・消費できるものと認識されていることが一般的です。
〇UAE・サウジアラビア:認証義務はありませんが、高級ブランド重視の傾向があります。
〇インドネシア・マレーシア:大衆向けブランドがハラール認証取得を進めており、ローカルブランドが躍進しています(例:Wardah、Safi)。インドネシアでは2026年に認証義務化が予定されています。
〇シンガポール:認証に対する意識は低く、製品品質やエシカル消費の観点が重視されています。
〇インド:宗教的・文化的背景から天然成分やアーユルヴェーダ由来の製品が好まれる傾向にあります。ムスリム人口も多いですが、食品同様認証の取得は義務ではありません。
〇エジプト:価格感度の高い市場である一方、宗教的背景からハラール意識は根強く存在しています。日用品・コスメ分野でもイスラム的価値観に配慮した製品設計が好まれ、地場ブランドと中東大手ブランドの両方が競合しています。
〇バングラデシュ:まだ市場としての規模は限定的ですが、圧倒的多数を占めるムスリム人口と若年層の都市化と購買力の上昇に伴い、ハラール日用品・コスメ市場の成長が期待されています。
ハラールコスメは、ムスリム以外の消費者からも「ナチュラル」「クルエルティフリー(=製品の開発・製造・市場進出などにおいて、動物を用いた実験がなされていないこと)」「倫理的製造」といった観点で注目されており、今後も市場拡大が見込まれます。
執筆:山中真次(GLOBAL ANGLE Pte. Ltd.※ CEO/Founder)/友田愛香(GLOBAL ANGLE Pte. Ltd.※)
※GLOBAL ANGLE Pte. Ltd.はAAICグループの企業です。