
2025年11月で、私がラゴスに拠点を移してから6年目を迎えました。新型コロナやウクライナ危機等の影響で為替やインフレの激しい変動に悩まされた時期もありましたが、足元ではようやく安定の兆しが見え始め、マクロ経済の指標も決して悪くありません。
2023年2月には、スズキ/CFAOとMooveによる、ナイジェリアのライドシェアのドライバー向けサービス(Ride To Own)の協業について記事を書きましたが、あれから市場では、さらに興味深い新しい動きが生まれています。
それが、中国系自動車メーカーの車両を扱う中華系現地代理店が、ラゴス州政府と組んで「Lagride」というライドシェア事業に参入したという、大胆な試みです。UberやBoltといった先行プレーヤーが存在する中で、なぜ今Lagrideなのか。今回はその背景とインパクトについて整理してみたいと思います。
中国系自動車メーカー代理店がMaaSに進出するという新しいビジネスモデル
CIG Motors Company Limitedは、ナイジェリアにおける中国自動車メーカーの正規代理店として事業を展開し、GAC Motor(広州汽車集団)、JMC Motors(江鈴汽車)、Dongfeng Motors(東風汽車)、Wuling Motors(五菱汽車)など複数ブランドを取り扱っています。

同社がラゴス州政府と組んで2022年に立ち上げた配車サービス Lagride は、官民連携(PPP)型のモビリティプラットフォームとして急速に台頭しています。すでにガソリン車とEVを合わせて1,000台超のフリートを運用しており、今後数年で 3,000台以上のEVを導入する計画である と発表しています。一見すると、車の輸入代理店がライドシェア事業に乗り出すのは無謀な挑戦にも見えます。しかし実際には、自ら新たな販売チャネルを創り出した戦略的な一歩 と捉えることができます。これまでの自動車販売は、高所得者層や法人に限られ、ディーラー網を通じた従来型の販売モデルに依存していました。対して Lagride では、これまでリーチできなかったギグワーカー層に対して “Ride To Own” モデルでファイナンスを付与し、働きながら新車を購入できる仕組み を提供しています。メーカー代理店 × MaaS × ファイナンスという垂直統合の組み合わせは、アフリカ市場における新たなモビリティ戦略として非常に示唆に富む取り組みです。

Uber・Boltとの違い ― ユーザー体験とドライバー体験の両面で差別化
Uber や Bolt といったグローバルなライドシェアのプレイヤーがすでに存在するラゴスにおいて、Lagride は“後発”にもかかわらず独自のポジションを確立しつつあります。私は3社全てのアプリをダウンロードしていますが、Lagrideがファーストチョイスです。では、どのような点が差別化しているのでしょうか。その答えには、ナイジェリア市場に精通した中国系の現地自動車代理店ならではの視点と、ラゴス州政府とPPP(官民連携)を組むという稀有な立ち位置という2つの特徴が深く関係しています。
ユーザー体験(UX)におけるLagrideの差別化
① ローカル決済に強い ― ナイジェリアのデビットカードに最適化
Uber/Boltは国際カードベースの決済設計で、ナイジェリアではしばしば支払いエラーが起きます。現在ナイジェリアではUberはVisaが発行したカードでは支払いができません。
一方 Lagride はローカル銀行のデビットカード利用を前提に設計 されており、支払いが非常にスムーズです。また中国のスマホメーカー Transsion などが出資をするチャレンジャーバンクPalmpayでの送金も可能です。
② 車両品質の均一化 ― GACの新車・高年式車を中心にフリートを構築
Uber/Boltは“個人が所有する車両”に依存するため、車の年式・整備状況・快適性には大きなバラつきがあります。一方、Lagrideの車両はCIG Motorsが供給するGACの新車、もしくは高年式の良好な車両で統一されており、乗車体験の品質、清潔さ、走行安定性が一定以上保証されています。これにより、ラゴスでは珍しい「配車サービスで車両品質を選べる安心感」が生まれています。
③ 視認性と信頼性 ― 公式ペイント車両
Lagrideの象徴でもあるロゴ付きのペイント車両は、街中でも非常に目立ち、利用者に“公式サービス”としての信頼感と視認性の高さを提供しています。ラゴス州政府とのPPP事業として位置づけられている点も相まって、「安全・安心で、公共交通に準ずる存在」というブランドイメージが自然に醸成されています。実際、ラゴスで生活していると痛感しますが、ペイントのないUberやBoltの車両は、警察の検問で頻繁に止められることがあります。運転手の登録区分や用途、書類などを確認されるため、移動時間が読めなくなることもしばしばです。一方で Lagride は、これまで何度も利用していますが、警察の検問で止められたことがありません。これは「小さな違い」のようで、日常の移動体験のストレスを大きく左右する、現地生活者にとっての重要な差別化ポイントです。
ドライバーにおけるLagrideの差別化
① 最大の差別化:頭金ゼロの“Ride-to-Own”モデル
Lagrideの象徴的な特徴が、働きながら4年で車両を取得できる Ride-to-Own モデル。
頭金ゼロ、フリート提供者(CIG Motors)が車両供給、稼いだ運賃から返済、最終的に車を所有できる、Uber/Boltでは「車がない人」は参入自体が難しいですが、Lagrideはこれまで参入できなかったギグワーカー的労働者に市場を開いた形です。ただこちらは、Uberでも以前の記事でお伝えした通り、Mooveというスタートアップを使うことでUberのドライバーはRide to Ownが可能となります。
② メンテナンス・サポートが迅速 ― 車両サプライチェーンを自社で保有
CIG Motors が整備ネットワーク・パーツ供給網を持っているため、故障時対応、車両の定期点検、稼働率向上がスムーズです。Uber/Boltでは個人が整備を担うため、ダウンタイムが長くなりがちです。
③ 政府との公式連携による安心感(PPPのメリット)
Lagrideがラゴス州政府とのPPPであることは、ドライバーにとっての心理的ハードルが非常に低いのも特徴です。路上での検問時のトラブルが減る、行政サービスとの制度接続が強い、事業の継続性への信頼感が高い。

ナイジェリアにおけるEV導入の実験場となるLagride
中国の主要な車メーカーは、すでにアフリカ数カ国でEVを展開しており、ナイジェリアでも段階的に導入を始めています。ただしEV市場は、単に車両を投入すれば拡大するほど単純ではありません。急速充電器などのインフラ整備、補助金や規制といった政策面の後押しが不可欠であり、国家のエネルギー政策と密接に結びつく領域です。
ナイジェリアのEV普及は、他のアフリカ諸国とは異なる複雑さを抱えています。人口2.4億人という巨大市場は多国籍メーカーにとって非常に魅力的である一方で、電力の約8割が天然ガス火力という産油国特有の構造を持ち、政策としてEVの導入を積極的に推し進めにくいというジレンマがあります。政府としては、ガソリン車からEVへの急速な転換は必ずしも自然な方向性ではなく、慎重にならざるを得ません。
このような環境下で、車の代理店であるCIG Motors の立場から考えると、フリートとして運行を管理でき、走行データやバッテリー性能などの実証データを蓄積できるライドシェア事業は、EV導入の最初の一歩として非常に合理的な選択肢です。さらに Lagride はラゴス州政府とのPPP事業であるため、行政と協力しながらインフラの設置場所や政策課題の検証が可能です。
つまり、LagrideはCIG Motorsにとって複雑なジレンマを抱えるナイジェリアのEV導入の“実験場”として最適な条件を備えた希少なプラットフォームと言えます。

一見“奇妙”に見える垂直統合こそ、アフリカ市場では最適解となる
今回のLagrideの事例は、外から見ると非常にユニークです。自動車の輸入代理店がライドシェア(MaaS)事業に参入し、しかもラゴス州政府とのPPPとして展開する。さらに Uber や Bolt といったグローバル大手が既に存在する市場に、あえて後発で参入する。この構図だけを切り取れば「奇妙」「リスキー」「理解しづらい」と感じる方も多いはずです。車が売れないならば、走らせる仕組みを自分で作る。走らせれば、データが取れる。データが取れれば、次の投資・EV導入・サービス改善につながる。そして、行政と協働すれば市場全体を動かせる。一見すると“奇妙な垂直統合”は、アフリカの構造を理解した企業にとって、競争優位を生み出す最も合理的な戦略となるのです。アフリカ市場でのビジネスは「餅は餅屋」という発想が必ずしも最適ではありません。むしろ、隣接領域を“自ら内包”することで初めて事業が成立するケースが少なくないのです。

ヤマハはナイジェリアをはじめとするアフリカで自社製品以外の車両も含めたモビリティアセットマネジメントを展開しています。これは単なる販売ビジネスではなく、走行データや利用データを蓄積し、プロダクト戦略や事業拡大の基盤にするための動きです。データがない市場では、垂直統合こそが最短ルートになるという判断です。
Tolaram Group はナイジェリア最大のFMCG企業でありながら、5,000台以上を超えるトラックを保有する国内でもトップクラスの物流企業でもあります。物流を外部委託しても品質が安定しないため、むしろ自社で“抱え込む”方が製品の品質維持や市場展開において合理的なのです。
ナイジェリアやアフリカの事業を見続けると、「なぜその会社がその領域をやるのか?」という一見不思議な動きが、深く見ていくと「だからこそやらねばならなかった」というものによく出会います。複雑で難しく見える市場も視点を変えることで思わぬ突破口があるかもしれません。
筆者:AAICナイジェリア法人代表 一宮暢彦
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